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作品名:町の霊たち 作者:三日月

最終回   2
 地縛霊がいる。その土地、その場所に憑いている霊である。町の中を歩いていると、結構色々な場所で見かける。聡子は、もう慣れたもので、いちいち、気にはしない。しかし、最近、気になる霊がいた。繁華街を少し離れた、裏の露地に居る男の霊である。五年前に、そこで殺人事件があった。地元のニュースで大きく取り上げられたので、聡子も、よく知っていた。殺人事件があったからといって、そこに霊が残るとは限らない。この世に残る霊と残らない霊の、運命の分かれ道が何になるのか、聡子にはよくわからない。残る霊よりも残らない霊の方が圧倒的に多いのは確実である。この世に残る霊は、稀である。
 聡子が、その男の霊を目にしたのは、ごく最近のことだった。その場所に行くことは滅多に無いので、偶然、そこを通りかかったのが、霊を目にした最初である。男の霊は、興味深そうに、聡子の方を見ている。
「君は、僕のことが見えるようだね」
 男は言った。
「それが、何か」
 聡子は言う。
「生きている人と話をするのは、死んでから初めてだ。相手をしてくれないか」
「それは、別に、構わないけど」
「霊の世界というのも、面白いものだね。僕には、生きている時に霊感が全く無かったから死んで初めてわかったよ」
「なぜ、ここに残っているの。やっぱり、誰かに恨みでもあるの」
「恨みは、無いわけではない。僕を殺した相手には、恨みはある。だが、それは、もう、どうでもいいと思っている。霊の世界も、悪くはない」
「やっぱり、成仏をするよりも、この世に残っている方が楽しいの」
「それは、わからない。まだ、成仏をしたことがないから」
「そうですよね。私も、成仏をした霊がどうなるのかは、わからない」
 霊が見える聡子も、霊が成仏をすれば、その先がどうなるのか、全くわからなかった。天国に行くのか、地獄に行くのか。それとも、また別の人間に生まれ変わるのか。それとも何もなくなって「無」になってしまうのか。
「でも、いつまでも、ここの地縛霊でいるわけにはいかないでしょう。どうするつもり」
「先のことは、わからない。でも、もう少し、この世での霊の世界を楽しみたいと思っているよ」
 地縛霊というのは、その土地に取り憑いて、自由に動けないものかと思っていたが、そうではないらしい。地縛霊は、その土地を基盤にしているというだけで、ある程度は、自由に行動が出来るようである。初めて、あの路地で会った日からしばらくして、その地縛霊が聡子の部屋に現れた。
「どうして、あの場所に来ない。待っているのに」
「別に、あそこに行く用事が無いから」
「しばらく、君の側に居てもいいかな。君に出会ってから、あそこに居ても、寂しいばかりだ」
「別に、いいわよ。私は、構わない」
 聡子は、霊が側に居る生活をすることになった。意外にも、初めての経験である。霊は見慣れているので、それほど、気にするわけでもない。霊は、清水博史という名前だった。博史の霊は、ぼんやりと、聡子の前に現れる。
 聡子は、香織にも、博史のことを話した。香織は、一度、会ってみたいと聡子に言う。聡子は、博史と一緒に、香織に会いに出かけた。町の中の公園で会うことにする。周囲に、あまり人がいない方が望ましい。
 自転車で公園に行くと、香織は、すでにそこに来て待っていた。香織は、すぐに、博史の姿を見る。
「なるほど。彼が、博史さんね」
「そうなのよ。なぜか、私に憑いているの」
 博史も、また、興味深く、香織を見た。
「僕を見ることが出来る人が、もう一人、居たのか」
 博史は言う。
「何なら、香織さんの方に憑いてみれば」
 聡子は言う。
「いや。僕は、やっぱり、君の方が好きだな」
 博史は、しばらく、香織と話をする。二人は、意気投合をしたようだった。

 霊を身近に付けていると、他の霊も寄って来るようだった。霊は霊を呼ぶ。聡子は、とりあえず、無関心を装う。いちいち、相手をしていては、切りが無い。
 博史は、その寄って来る霊たちと、何やら、言葉を交わしている。霊は霊同士、仲良くするのは、問題が無い。しかし、時折、うるさく感じることもある。そういう時は、聡子の目や耳の届かないところで、話してもらうことにしていた。しかし、ある日、博史が妙なことを言った。
「ちょっと、怖い霊に出会ったよ」
「霊が霊を怖がるって、どういうこと」
「霊にも、色々な種類がある。僕は、良い霊。そして、今回、僕が見たのは、悪い霊だ」
「悪い霊とは」
「例えば、周囲に禍をもたらす霊。最悪の場合、人を殺すこともある」
「それって、もしかして、華子じゃないかな。髪の長い、女の霊」
「さあ、名前までは、知らないけど、確かに、髪の長い女の人の霊だった」
「それは、多分、華子よ。私の知り合いも、一人、彼女に殺されたの」
「それは、タチの悪い霊だな。許せない」
「何とかしてくれないかな。このまま放置しておくと、ますます被害者が増えるばかりだと思う」
「何とかしてくれと言っても、どうすることも出来ないよ。僕は、それほど強い霊じゃないから」
「霊といっても、色々なのね」
「そういうこと。あの女の霊には、関わらない方がいいと思う」
 博史は、そう言ったが、どうも、華子の霊が、博史に関心を持ったようである。博史の霊と華子の霊が、互いに引き合ったのかもしれない。華子は、聡子のことを覚えていたようである。華子は、言った。
「あなたは、あの時の女ね」
「まだ、誰かに取り憑いているの」
「あれ以来、まだ、誰にも。いい男は、なかなか、居ないわね」
「生きている人間を殺すのは、あまり良い事じゃないと思うわよ。早く、成仏をした方がいい」
「成仏ね。出来れば、私もしたいと思っているけど」
 博史が、部屋の中に現れる。華子の霊に引かれたらしい。博史は、華子を見て驚く。まずいところに来たと思っているらしい。
「私からは、逃げられないわよ」
 華子が、博史に言う。
「なぜ、僕に付きまとう」
「なぜでしょう。私にも、よくわからない。でも、私とあなたは、お互いに引き合っているようね。相性が良いのかな」
「僕は、そうは思わないけど」
 博史と華子が、どういう関係にあるのか、聡子にはわからない。しかし、なぜか、二つの霊は引き合っている。霊の世界にも、華子の言う通り、相性というものがあるのだろうか。二つの霊は、この先、どうなって行くのだろう。聡子は、興味を持った。

 聡子は、源家雅の神社に出かけることにした。香織も誘ってみたのだが、今日は用事があるというので、聡子は、一人で出かけることにした。最近、博史の霊が、聡子の前に現れなくなっていた。当然、華子も姿を現さない。どうしたのだろうと思っていた。居なければ居ないで、寂しいものである。
 神社に到着し、鳥居をくぐる。社の前で、源家雅の霊を呼ぶ。霊は、どこからともなく現れて、社を包む。
「今日は、一人だな」
「香織さんは、今日は用事があるそうです」
「それと、君に憑いていた霊も、今日は、いないようだ」
「博史くんのことね。最近、姿を見ないのよ」
「成仏したのか」
「わかりません。あの華子の霊がつきまとっていたから、どうなったのか」
「あの、華子か。華子も、生きている人間に取り憑くのは、もう飽きたのかもしれないということか」
「どうでしょう。二つの霊は、お互いに引き合っていたようですけど」
「そうか。そういう例は、稀にある。私も、何度か、見たことがある」
「二つの霊は、どうなるのですか」
「この世からは、消えてなくなる場合が多い。恐らく、この世でも未練がなくなり、二人であの世に行くのだろう」
「じゃあ、華子も、博史くんも、あの世に行ったということですか」
「恐らく」
 華子が消えたというのは、これ以上、被害者を増やすことがないということで、いいことだろう。最後は、博史を巻き添えにしたということか。博史としても、この世で地縛霊をしているよりもいいかもしれない。
「おじさんにも、相性の良い霊が現れるといいですね」
「どうだろうね。なかなか、あるものじゃない」
 この神社の主、源家雅は、平安時代から、この世の、この場所に棲み続けているわけである。約千年。気の遠くなるような時間である。その間には、たくさんの人の死と、その人たちの霊を見て来たに違いない。しかし、これまでに死んだ人に比べて、霊の数は極端に少ない。霊として、この世に残るのは稀である。
 戦時中、この神社の近くには、飛行機のエンジンを作る工場があった。多くの人が、その工場で働いていた。しかし、戦争末期、その工場にアメリカの爆撃機の落とした爆弾、二発が命中した。数十人の従業員が命を落とす。その当時、若い男は軍隊に行き、工場では女、子供も大勢、働いていた。命を落とした人の多くが、そういう人たちだった。彼らの霊はどこに行ったのだろう。全て、成仏したのだろうか。
 戦国時代には、この町を中心とした場所で合戦があったと聞いている。大勢の人が、戦死をしたのだろう。その慰霊碑も、町のお寺に建っていた。
 肝心の源家雅は、なぜ、霊としてこの世に留まっているのだろうか。そもそも、源家雅はどのような亡くなり方をしたのか。聡子は、興味を持つ。

 源家雅。その名前の通り、源氏の武士である。しかし、当時の武士は、まだ、貴族の支配下にあり、身分は低いものだった。源家雅が、都からこの土地に下ったのは、主人である貴族の荘園が、この土地にあったためである。家雅は、土地の有力者と結びつき、荘園の実行支配に乗り出す気配を見せる。しかし、その家雅の行動に反感を持つ、別の有力者がいた。二人の有力者の対立に、家雅は巻き込まれたというわけである。その敵対する有力者の名前は小笠原高綱といった。そもそもは、名門、藤原氏の流れを組む男である。高綱から数代前に、この土地に流れ着いて、次第に力を拡大していた一族だった。
 ある日、家雅は、高綱の屋敷の宴会に招かれる。高綱の思惑を察していた家雅の家来は、当然、その申し出を断るように進言した。家雅と手を組もうとしていた土地の有力者、飯田光明も、家雅に警戒を呼び掛ける。しかし、土地の有力者の招待を拒むわけには行かない。それは、相手に、攻撃の口実を与えることになる。家雅は、二人の家来と共に、高綱の屋敷に出かけた。そこでは、豪華な酒宴が開かれる。酒宴の最中、五人の刺客が部屋の中に飛び込み、家雅と、その家来たちを斬殺した。土地を支配する実権は小笠原一族が握ったが、その後、一族の多くが疫病にかかり、死亡した。村の人たちの多くも疫病で亡くなり、これは源家雅の祟りではないかということで、その祟りを封じるために、神社が建てられたというわけである。
 その後、時代を経て、源家雅は、この土地の守り神となり、住人の信仰を集めた。土地の歴代の支配者たちも、この神社を手厚く保護した。この源家雅の霊が、一度だけ、村の人たちの前に姿を現したことがあった。それは、記録に残っている。江戸時代の終わり、この土地に侵攻してきた官軍の兵士たちの前に、謎の古武士が姿を現した。古武士は、村の中で傍若無人に暴れていた官軍の指揮官を、一刀の元に斬って捨てる。官軍の兵士は小銃でその古武士を撃ったが、古武士は、何事も無く、悠々とその場所を立ち去った。村の人たちは、その古武士は源家雅の霊ではないかと噂した。神社は、ますます信仰を集める。
 しかし、明治の時代に入り、その神社への信仰を、国によって禁止された。それ以来、神社はすたれ、今では、あまりお参りをする人もいないということである。

 自分も、いつかは、死ぬことになると聡子は思う。それは、生きている人間としては必然なことである。そして、その時、自分もまた霊になるのだろうかと考える。もっとも、死ねばそのまま成仏をする可能性の方が格段に高いのだが、霊になって、この世に留まるのも面白いかもしれないと思う。霊の見える自分なので、自分が霊になることにそれほどの違和感はない。死ねば死んだで、また、楽しい世界が待っていることだろう。

 


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