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作品名:町の霊たち 作者:三日月

第1回   1
 会社の同僚に、霊感の強い女の子がいた。山中聡子という、事務をしている二十五歳の女の子である。その聡子が、僕のことを呼びとめた。
「ちょっと、大原さん」
「はい、何でしょう」
「気をつけた方がいいですよ。どうも、悪い霊が付いているようです」
「変なことを言わないでよ」
「でも、事実ですから」
 僕は、霊というものを全く信じていない。聡子の言ったことも、全く、気にしてはいなかった。しかし、その夜、夢の中に、髪の長い女性が現れた。女性は、僕に手招きをする。
「こっちに、いらっしゃいよ」
 女性は言う。僕は、ふらふらと、その女性に吸い寄せられた。しかし、それでは駄目だと踏みとどまる。女性の力は強烈で、彼女の中に吸い込まれそうになった時、僕は、汗をびっしょりとかいて、目を覚ました。同じ夢が、それから何日も続く。そのうちに、僕の体がだんだんと重くなり、疲れが抜けなくなっていった。体がだんだんやつれて、細くなって行くのが自分でもよくわかった。それから一週間が経った頃、僕は布団の中から起き上がることが出来なくなる。会社も休むことになってしまった。食事も、喉を通らない。もしかするとこのまま死んでしまうのだろうかと思う。そして、夢の中の女性が、目の前に現れる。僕はそれを、自然に受け入れられるようになっていた。
「君の名前は」
「華子よ」
「なぜ、僕の前に現れる」
「気が合ったのかな。一目惚れよ」
 悪くは無い。このまま、彼女に取り込まれて、死んでもいいかと思った。

 聡子は、大原真一が会社に来なくなったことに危険を感じていた。会社を休み始める前日の彼も、相当にやつれていた感じだった。しかし、彼に取り憑いていた霊の姿は見えなくなっていたので、一応、安心はしていたのだが、どうも、霊は、彼のどこかにつきまとっているらしいと聡子は思う。何とかしなければ、彼は、命を奪われてしまうかもしれない。しかし、聡子は、霊感が強いというだけで、霊と戦うことの出来る霊能力者というわけではなかった。
 とりあえず、聡子は、大原の住んでいるアパートの部屋に行ってみる。部屋に近づくにつれて、聡子は、不快な気配を感じる。霊が、自分の接近を拒んでいるらしい。重くなる足と動かなくなる体を、意思の力で、ふりしぼって歩く。ようやく、部屋の前にたどり着き、重い手を上げて、ドアを開ける。部屋の中には、女性が居た。強い霊気を放っている。女性の傍らに敷かれた布団の中に、大原が横になっていた。すでに、瀕死の状態であることは、見ればすぐにわかった。
「何をしているの。この部屋から、出て行きなさい」
 聡子は、女性に向かって叫ぶ。
「あなたに、指図をされる覚えは無い」
「その人を、殺すつもりなの」
「私の居る世界に、来てもらうのよ」
「その人を殺しては駄目よ。まだ、生きている人を、あなたと同じにしては駄目」
「もう手遅れよ。来るのが、遅かったようね」
 聡子は、部屋の中に入り、布団の中で横たわる大原の顔を見る。確かに生気が無い。息もほとんどしていないようである。無駄だとはわかっていたが、聡子は救急車を呼んだ。大原は病院に運ばれたが、そのまま、息を引き取った。女性の霊も、同時に消える。大原の霊と共に、あの世に行ってしまったのかと思った。

 これまでにたくさんの霊を見て来たが、人の命を奪うという悪質な霊を見たのは初めての経験だった。聡子は、自分の無力さを感じる。
 霊が見えるという人は、多く居る。しかし、それが、どこまで本当なのか、実際のところは、わからない。しかし、聡子には、信頼の出来る知り合いが一人だけ居た。偶然、町の中で出会った女性である。町の中を歩いていると、様々な霊が、目に見える。子供の頃から慣れたことなので、いちいち、気にすることは無い。しかし、中には、どうしても気を引かれてしまう霊も居る。その時に見たのは、やはり、通行人のとり憑いた一つの霊だった。どうも嫌な予感がしたが、まさか、見ず知らずの人に声をかけるわけにもいかない。どうしようかと迷っていたところ、たまたま、そこに居た一人の女性が、その通行人に声をかけた。
「あなた、気をつけた方がいいですよ。不幸に見舞われることが多くあるかもしれませんから」
 その女性の言葉に、通行人は、嫌な顔をして、足早に立ち去って行く。聡子は、その女性の行動に、自分と同じものを感じた。聡子は女性に駆け寄り、声をかけた。
「すみません。ちょっと、いいでしょうか」
「何でしょう」
「あなたにも、見えましたか。実は、私にも見えていました」
「じゃあ、あなたも、私と同じ」
「恐らく、そうだと思います」
 聡子は、その女性と話し、意気投合する。彼女は、聡子よりも十歳、年上で、名前を河井香織といった。しばらく、一緒に町を歩き、互いの目にする霊の存在を確認する。間違いなく、二人は、同じ霊を、同じ様に見ていた。二人は、同じ能力を持っている。
 聡子は、香織と、連絡先の交換をして別れた。それ以来、二人は、時々、連絡を取り合っている。聡子は、香織に電話をしてみた。香織も、会社勤めをしているので、夜にならなければ、家には居ない。
「もしもし、山中ですが」
「ああ、どうも。どうしたの」
「ちょっと、聞いてもらいたい事があって」
 聡子は、同僚の大原真一が、霊に憑かれ、命を落としてしまったことを話した。香織は真剣に話を聞く。
「よくある話よ、私は、何度か、同じ様な人と霊を見たことがある」
「私は、初めての経験です。だから、どうしようかと思って」
「どうにもならないわよ。私たちは、霊が見えるというだけで、その霊に影響を及ぼすことは出来ないから」
「そうですよね。何だか、歯がゆい感じ」
「でも、全く、手が無いわけでもないわよ。山中さん、今度の休みは、いつなの」
「明後日の土曜日ですけど」
「私も、土曜日は休みだから、ちょっと、一緒に出かけない。連れて行きたいところがあるの」
「どこですか」
「それは、内緒。とりあえず、私の家に来て」
 香織の家には、何度か、行ったことがある。ごく普通の家で、彼女は、両親と一緒に暮らしている。彼女の両親には、霊が見えるという能力は無いらしい。聡子の両親も同じで、こういう能力は、遺伝をするものではないようだった。

 土曜日に、聡子は自転車で香織の家に出かけた。香織は、出かける準備はすでに済ませていたようで、すぐに玄関から出て来る。
「さあ、行きましょう」
 と、香織も自転車に乗った。どこに行くのだろうと、聡子は、香織と一緒に自転車を走らせる。小高い山の峠を越えて、隣の町に来た。町の中をしばらく走り、ある神社の前に到着した。聡子にとっては、初めて来る場所である。自転車を路上に置き、目の前にある鳥居をくぐる。境内に入ると、聡子は、妙な気配を感じた。近くに霊が居る。
「何か、居ますね」
「感じるでしょう。ここに居るのは、この神社に祭られている武士の霊。そして、私の友達でもある」
「友達」
「子供の時から、よく、ここに来て遊んでいたのよ。それで、親しくなったの。平安時代に生きていた人で、源家雅という名前。紹介をしてあげる」
 社の上に、源家雅の霊が現れる。しかし、その霊は、他の霊たちのように姿形が、はっきりと見えるものではなかった。ぼんやりと、そこに居るというのはわかる。香織は、家雅に聡子のことを紹介する。香織は、家雅のことを「おじさん」と呼んだ。
「おじさん、山中さんが、頼みたいことがあるって」
「ほう。頼みたいこととは」
 霊の声が聞こえる。聡子は、これまで接したことのない霊を相手に緊張をした。
「実は、私の知り合いが、悪い霊に憑かれて、殺されてしまいました。どうしたものでしょうか」
「うん。悪い霊とは、どのような霊だ」
「女の人の霊です。髪の長い」
「そうか。心当たりは、いくつかある。それで、私に、何をしろというのだ」
「この先にも、その女性の霊に殺されてしまう人が、数多く出てしまうかもしれません。何とかなりませんか」
「どうにかならない訳ではないが、生きている人間が霊に干渉するのは、あまり良いことではない。やめた方がいい」
「では、その女の霊が人を殺すのを、黙って見ていろと言うのですか。それは、酷ではありませんか」
「人は、死ねば霊になるもの。それで、良いではないか」
「良くはありません。私たちは、生きているのです」
「君は、誤解をしているようだな。人の根本的な存在は霊であって、生きている時は、仮の姿に過ぎない。人間が、生きている存在から霊的な存在に変わるということは、元々の姿に戻るということで、別に悪いことではない」
「それは、そうかもしれませんが」
 源家雅の言っていることは、わからないでもない。しかし、生きている人間が、生きようと願うのは当然のことで、やはり、死は遠ざけたいものである。聡子の思いを察して、代わりに香織が話す。
「山中さんの言っている女性の霊に、心当たりがあるというのは、どういうこと」
「この土地には、人に憑く女の霊が、いくつか居る。中でも、一番、生きた人間への執着が強いのが華子だろう。恐らく、彼女が言う、髪の長い女の霊というのは、華子に違いないと思う」
「その華子というのは、どういう霊なの」
「江戸の時代に現れた霊で、生きた人への執着、男への執着が強い。これまでに、何人もの男に取り憑いて、命を奪っている。しかし、それは、珍しいことではない。私も、昔は、何人もの人間から命を奪ったものだ」
「そうなの」
「そうだ。だから、こうやって、この神社で祭られているわけだ」
「あなたの祟りを封じ込めるために、この神社は作られたというわけね」
「私の力も、随分と弱くなった。生きている人への執着も、ほとんどなくなったというところだ」
「華子の力を弱めるには、どうすればいいの」
「華子の執着が切れるのを待つしかないだろうな。生きている人が、霊の力を抑え込もうというのは、そもそも、無理な話だ」
「あなたの場合のように、神社でも作ってあげれば、どうなの」
「それも、有効かどうかは、疑問だ。私の場合は、居心地が良いのでここに収まっているのだが、華子の場合は、どうかな」
 あまり収穫が無いまま、聡子と香織は神社を出る。
「ごめんね。力になれなくて」
 香織が言った。
「いいですよ。結構、勉強になりましたし、いい霊にも出会えましたし」
 聡子は、また、この神社に来ようと思った。昔のことや霊のことを、まだまだ、多く聞くことが出来るかもしれない。


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