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作品名:彼女の夢 作者:三日月

最終回   2
 人工知能の研究は、世界の各地で行われている。里美の会社のように小さな会社での研究は、さらに上の大きな会社に吸収されて行く。もし仮に里美が何かを開発したとしても、それは、里美の手柄にはならないのだろう。
 しかし、その小さな会社の研究チームで功績をあげれば、さらに上の大きな会社の研究チームに引き抜かれるということはあるそうである。実際、里美も、それを狙っているという話は聞いたことがある。この道の研究者の多くが、そういう道を通って行くそうである。
 そして、里美にも、ついにその話が来た。今の会社の取り引き先の大きな会社から、引き抜きの話が来ているということだった。
「それで、どうするつもり」
「もちろん、正式なオファーが来れば、受け入れるつもりよ」
「正式なオファーは、まだなのか」
「うん、まだ、噂程度の話だけどね」
 まだ、確定をした話ではないということで、僕は安心する。しかし、もし、里美が会社を変わるという事になれば、この町を出て行かなければならない。里美は、もし、そうなったとしても、僕との交際を続けて行く意思はあるのだろうか。遠距離恋愛のすれ違いで、別れてしまったカップルも数多いと聞いている。それが、一般の感覚なのだろう。プロポーズをするのなら、急がなければならない。
 そもそも、彼女には僕との結婚の意思があるのだろうか。そこから確かめなければならない。ただ、僕の一方的な思い込みだとしたら、恥ずかしいばかりである。プロポーズも、空回りに終わってしまうだろう。
 特別に、何の記念日でもなかったが、僕は彼女に、プレゼントを買った。指輪というのは重くなりすぎる可能性がある。もっと軽いアクセサリーで、ピアスでも買ってみた。
「一体、どういうこと」
 喜びながらも、彼女は、突然のプレゼントを意外に思ったらしい。他に何か思惑でもあるのだろうかと、勘ぐられたようである。下手な言い訳をするのも、かえって、意味が無いだろうと思い、僕は、とりあえず、聞きたい事を聞いてみることにする。
「僕は、里美のことが好きだよ」
「いきなり、何よ」
「結婚も考えている。でも、里美の気持ちが、よくわからない」
「私も、あなたの事は好きよ。でも、結婚というのは、まだ、考えられない」
「里美が、仕事に熱中しているというのは、わかるよ。だから、今、すぐに結婚をしてくれとは言わない。あくまで、将来の話だよ」
「先の事は、わからない。お互いに、どうなっているのか」
「僕のことを、嫌いになるかもしれないということ」
「または、あなたが、私に愛想を尽かすか、というところね。とりあえず、今のところ、私には、結婚の意思は無いから」
 結局は、振られたという事になるのだろうか。しかし、彼女とは、別れたくはなかったので、僕は、曖昧のままで、話を終わらせることにした。

 中東の紛争で、ロボットが兵士として大量に使用されたというニュースが報道された。すでに、ロボットは兵士としての性能を十分に備えていたが、費用の面を考えると、単なる一兵士として使用するには高価なので、これまでは、どこの国も使用していなかった。このロボット兵士は、いわば、特殊部隊として運用されているということらしい。そのロボット兵士が、どれほどの成果を上げているのか、詳しい情報は、まだ入っていないということである。
 里美は、そのニュースを見て、怒っていた。ロボットを戦争に使うなど、里美にとっては有り得ないことである。しかし、ロボットの性能が上がれば、戦争に使われるというのは、遅かれ早かれ、誰もが認識していることである。とうとう、ロボットは、その時代に踏み込んだということだった。
「私のロボットには、絶対に戦争はさせない」
 と、里美は言っている。しかし、それは無理というものだろう。ロボットをどう使うかというのは、生産者ではなく、所有者の決めることである。
 里美の研究は、あまりうまく進んでいないらしい。上の会社への引き抜きの話も、進展の無いまま、うやむやになっているようで、里美は、最近、機嫌が悪かった。
 悪いことは続くものである。アメリカのある会社で、画期的な人工知能の開発に成功したというニュースが入って来た。いわば「心を持ったコンピューター」の誕生である。里美はそれにも、かなりのショックを受けていた。
「先を越された」
 と言って、仕事に対するやる気を無くしてしまう。
 里美は、本気で、自分が世界で最初に人工知能を開発しようと思っていたらしい。
 アメリカ製の人工知能は、当然のように、世界のシェアを独占した。しかし、その需要は思ったよりも多くはなかった。ロボットが心を持つというのがどういうことか、多くの人は気がついていたのだろう。ロボットは、ロボットのままで十分である。ロボットが心を持つということは、限りなく人間に近づくということである。ロボットが人間のように心を持ってしまえば、もはや、人間は、ロボットをロボットとして使うことが出来なくなる。それは人間にとって、都合の悪いことだろう。
 僕は、里美に、その事を話してみた。しかし、里美は反論する。
「私が作りたいのは、そういうものではないのよ」
 と、里美は言う。ならば、どういうものなのか。
「私は、心を作ってみたいの。それで、心というのがどういうものか、しりたいのよ」
「それは、心理学でも勉強すればいいじゃない」
「そうじゃないのよ。どう言えばいいのかな。心の仕組を知りたいの。機械的に見た心の仕組ね」
 里美の言うことは、何となく、わかるような気もする。
 要するに、心を人工的に、自分の手で作ってみたいということだろう。
 里美の会社では、人工知能を開発するチームが解体されることになった。里美は別の部署に移されることになる。里美は、会社を辞めたものかどうか、迷っていた。どこか、人工知能の研究を続けることが出来る会社はないものかと探しているようだったが、アメリカ製の人工知能の普及の影響で、日本での研究は、大幅に縮小されている。新しい会社を見つけるのは難しい。
「いつか、結婚の話をしていたわよね」
 里美は言う。
「まだ、考えているのなら、私も、考えてもいいわよ」
 それは、僕との結婚を承諾してくれるということかと、解釈する。それは、うれしいことである。しかし、里美の夢が無くなったということは喜ぶわけにはいかない。その気持ちを隠して結婚をするべきかどうか、僕は考えた。
 しかし、結局、僕は、もう一度、彼女にプロポーズをし、結婚をする事にした。彼女は会社を辞める。
 会社を辞めたからといって、里美は専業主婦になったわけではない。やはり、家の中で家事だけをして過ごすというのは、彼女には合わないようで、すぐに、彼女は在宅でプログラミングの仕事を始める。収入は、会社員の頃と比べると半分以下に落ち込んだが、それはそれで、仕方の無いことだった。

 アメリカ製の人工知能を搭載したロボットを一台、僕の勤める警備会社でも購入することになった。価格は、これまでのロボットの二倍という高価なものである。何に使うのかといえば、とりあえず、社員の一人として使ってみるということだった。いきなり、人間の代わりをさせるのには不安がある。
 ロボットが心を持つということは、ロボットが性格を持つということである。その性格を制御する方法は、今のところ無いし、また、制御が出来るようでは、今までのロボットと何ら、変わりの無いことになってしまう。
 ロボットが会社に納入されると、さっそく、社員たちはその周囲に集まり、興味を持って眺めてみる。ロボットは、やや小柄な体格で、身長は百五十センチくらいだった。社長が自ら、起動のスイッチを入れる。
 ロボットは、とりあえず、雑用の仕事をすることになった。社長が、ロボットに「秀吉」という名前をつける。この秀吉は、あまり働き者ではなかった。怠け者のロボットという妙なロボットである。しかし、話す言葉に愛嬌があり、社員には、すぐにかわいがられるようになった。まさに、人間のようなロボットだなと、僕は、彼を見ていて思う。
 秀吉のことは、里美にも話していた。
「興味があるな。一度、見てみたい」
「見に来ればいいよ。明日にでも、見せてあげるよ」
 翌日の昼休みに、里美は会社を訪れた。部外者が、勝手に会社の中をうろつく訳には行かないので、僕は里美に付き添い、会社の中を案内する。ロボットの秀吉は、二階の休憩室に居た。ロボットでも、彼は休憩をする。別に、疲れているというわけではないのだろうが、どうも、彼には、仕事をあまりしたくないという意識が働いているようだった。それも、人工知能がもたらした性格だろう。
「秀吉くん」
 と、僕は、ロボットに声をかけた。
「僕の妻が、君に会いたいというので、連れて来たよ」
 僕が言うと、ロボットは、椅子から立ち上がった。彼を、里美に手を差し出す。
「初めまして。秀吉です」
 機械による合成音だが、秀吉は流暢に喋る。
「初めまして。里美です」
 里美は、秀吉と握手をした。秀吉は、表情を作りだせるように作られたロボットではないので、感情は、言葉から読み取るだけである。声の調子を変えることで、自分の気分を現しているようだった。
「お会いできて嬉しいです。きれいな人ですね」
「お世辞でも言うように、プログラムされているの」
「さあ、私には、自分の事は、わかりませんから」
「そうでしょうね。自分の心を感じることは、ロボットには不可能でしょう」
「私は、自分の事をロボットだとは思っていませんよ。もちろん、そう自覚をすることはありますが、私は、自分は人間と同じだと思っています」
「そうでしょうね。私が作りたかったのも、そういう、あなたみたいな心です」
「私みたいな、心、ですか」
「あなたの心は、同じモデルなのでしょう。しかし、同じモデルでも、同じ心を持つとは限らない」
「私は、自分の事は、わかりません。先ほども、お話した通りです」
 里美は、ハンドバックの中から、携帯用の小型のパソコンを取り出す。
「あなたのデーター、ダウンロードさせてもらってもいいかな」
 里美は言う。が、それは不味い。と、僕は思って、里美を制止した。会社のロボットは会社の管理下にある。もちろん、その内臓データーも。
「無茶をするなよ。それは駄目だ」
「そうよね。それは、わかっているけど」
 里美は、パソコンをしまう。昼休みが終わるまで、里美は秀吉と話をした。里美は、その秀吉の人間性に、感心したようだった。

 里美は、また、個人的に人工知能の研究を始めたようだった。しかし、個人で、それを完成させるのは、余程の天才でもない限り、無理だろう。
 里美は、あの秀吉に搭載されている人工知能は、まだ完全では無いと思っているようだった。まだまだ、改良の余地がある。
 結局、里美はまた、自分の研究に没頭し、僕は、家事を担当することになる。
 それもまた、いいのではないかと思った。



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