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作品名:彼女の夢 作者:三日月

第1回   1
 僕は、何一つとして取り柄の無い、平凡な男である。平凡は平凡なりに、一生懸命に生きている。将来は、結婚をして、子供を持ち、普通に家庭を築くのが夢である。一応、恋人もいた。二つ年下の女性で、山村里美という名前である。まだ交際を始めて半年で、結婚の話は出ていない。里美が自分との結婚を意識しているのかどうか、僕にはよくわからない。
 僕は、警備会社で働いている。警備の実務は、今では、ほとんど全て、ロボットが人間に代わって行っている。人間の仕事は、そのロボットの行動の管理である。しかし、僕の仕事は、そのようなロボットに関わるわけではなく、一般の事務に過ぎなかった。
 今の仕事に、遣り甲斐を感じているわけではない。仕事とは、生活費を稼ぐために、仕方無くやるものだと思っている。給料は、良くもないが、悪くもない。とりあえず、不満はないので、続けているだけである。
 会社には、バスで通っている。自家用車は、まだ、持っていない。買えないわけではないのだが、駐車場代が、半端でなく高いので、無駄な気がしていた。もし、里美と結婚をすることが出来れば、もっと郊外の、物価の安いところに引っ越しをするつもりである。そうすれば、車も買えるだろう。
 バスで町の中を走っていると、僕が勤める警備会社のロボットが、交通整理をしているところに、時折、出食わす。自分の仕事とは、特別、関係は無いのだが、やはり、自分の会社のロボットには目が行くものである。最近のロボットは、進化したものである。自分で状況を判断し、自分で行動をすることが出来る。交通整理などは、お手の物である。他にも、ビルやマンションの警備。契約をしてもらえれば、個人の家の警備にも、派遣されているロボットである。まだ、一般家庭でロボットを買うことが出来るほど、値段は安くない。そのため、僕の勤めている警備会社が、繁盛しているというわけである。
 里美の勤めている会社は、僕の勤めている警備会社のすぐ近くにあった。出会ったのは会社近くのラーメン屋である。二人とも、そのラーメン屋で、よく昼食を食べていた。好意を持ったのは、僕の方が先である。それほど外交的な性格ではない僕は、里美に声をかけるまで三か月近くもかかった。最初は、ただの友達として付き合い始めた。「好きです」と告白することも、交際を申し込むことも、すぐには出来なかった。何をするにも時間がかかるのが、僕である。友達として交際を始めてから二年。ようやく告白をする決心をしたのは里美の誕生日の日。今日を逃せば後が無いと、勝手に決心をし、勇気を出して告白をしたのだった。意外にも、あっさりと、里美は僕の交際の申し込みに同意してくれた。里美も以前から僕に興味を持ってくれていたということである。これは奇跡だろうかと、僕は思った。
 里美は、僕のような平凡な人間ではない。彼女は一流国立大学で、人工知能の勉強をした秀才である。今の彼女が勤める会社はコンピューターソフトを開発するのがメインの仕事だったが、彼女は、人工知能を開発するチームに加わって仕事をしているという事だった。詳しいことは、どうせ聞いてもわからないので、聞いたことは無い。しかし、現在、多くの会社で人工知能の開発が進められていることは、テレビや新聞の報道で知っていた。もし、ロボットが心を持ったとしたらどうなるのかという議論も、よくテレビや新聞で行われているようである。もし、僕の会社の警備ロボットが、勝手に考えて仕事をしてくれるようになれば、人間の仕事も楽になるだろう。しかし、もし、そのような状況になれば、人間のする仕事は、全く、無くなってしまう可能性がある。そうなれば、僕のような平凡な人間は、真っ先に失業だろう。それも、困ったものである。
 里美の仕事は、忙しい。平日は、いつも、遅くまで仕事をしているようである。僕の仕事は、大抵、定時で終わる。彼女に会うのは、昼休みの他は、休日くらいである。僕は土曜日と日曜日が休みの、週休二日制。里美の仕事は、日曜日が休みである。デートをするのなら日曜日ということになるが、里美は、仕事で疲れているのか、あまり外出をしたがらない。里美も一人暮らし、僕も一人暮らしなので、お互いの部屋で過ごす時間が多くなる。里美の部屋は、結構、いつも、乱雑に散らかっていた。仕事が忙しいので、片付けをする暇もないのだろう。しかし、さすがに、パソコンだけは、高級そうのものが二台、部屋の中に置かれている。部屋のパソコンは、会社のパソコンにもつながっているそうである。僕は、あまりコンピューターには詳しくないので、難しいことはわからない。
 時折、里美は、日曜日でも、自分の部屋のパソコンで仕事をしていた。
「適当に、DVDでも、見ていてよ」
 と、里美は言う。
 映画鑑賞も、里美の趣味の一つで、部屋の中には大型のテレビがあり、棚には映画のDVDが数多く並んでいた。里美の給料は、僕の倍近くある。経済的には、不自由はしていないので、趣味にも十分、お金を遣うことが出来る。学生の時には、テニスとスキーに熱中していたということだった。しかし、今の会社に就職をしてからは、仕事が忙しくて、テニスもスキーも、する時間が無いそうである。
 里美の好きなのは恋愛映画である。やはり、女性は、映画のような、甘い恋愛に憧れるものなのだろう。里美が、僕との交際をどう思っているのか、正直なところ、よくわからなかった。
「僕のこと、どう思っているの」
 などと、つまらない事を聞くわけにも行かない。僕にも、多少は、男としてのプライドもあるつもりである。
 いつも、部屋に閉じこもってばかりでは、体にも悪いだろうと、僕は、里美を外に連れ出すこともある。町には、レジャー施設も、いくらかある。郊外には、動物園や、大きな森林公園もあった。町に住む市民の、憩いの場所になっている。僕は、動物が好きなので、里美を誘って、よく動物園に行った。ライオンも居るし、虎も居る。猿山には猿も居るし、シマウマ、キリン、象など、馴染みのある動物が、たくさん居た。
「動物の飼育員になることが、子供の頃の僕の夢だった」
 僕は、そう里美に話したことがある。この話は、嘘では無い。
「だったら、やってみれば、いいじゃない」
 と、里美は簡単に言うが、夢は、そう簡単に叶うものでは無い。
 そもそも、努力をしていないので、夢が叶うわけが無いのだが、夢が叶ったところで、楽しいことばかりではないだろう。その程度の事は、大人になった今では、簡単に想像することが出来る。好きな事は、脇で眺めているのが一番である。何事も、仕事というのは難しいものである。
 しかし、里美の夢は「ロボットに心を持たせることだ」と聞いている。里美は、夢に向かってまっしぐらで、仕事はきついが、毎日が充実しているということだった。
 結婚を申し込むのは、いつにしようかと、僕は考えていた。結婚をしたからといって、仕事を辞めてもらおうとは、考えていない。むしろ、結婚後も、里美には仕事を続けて欲しいと思っている。里美が、仕事が忙しいというのなら、自分が専業主夫をしてもいいと思っているくらいである。
 里美が、結婚相手に何を求めているのか、僕には全くわからなかった。一度は、ちゃんと聞いてみなければいけない事だと思っている。


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