ここは、南の島。小さな、無人島である。日本軍の上陸用舟艇が一隻、その島に向かっていた。五人の兵士が、その中に乗っている。 隊長の小林少尉は、自分の小銃を点検した。島の敵軍は、すでに壊滅しているはずであるが、油断は出来ない。部下の清水、高橋、大山、佐藤の四人にも、自分の武器を点検するように指示した。彼らは、すでに多くの戦場を経験した歴戦の勇士なので、心配はしていないが、油断が出来ないのは同じである。 舟は砂浜に乗り上げ、五人の兵士は、島に上陸した。島は、森に覆われている。その森の中に、いくつかの敵の陣地があるはずだった。その陣地を、全て確認するのが、小隊の任務である。地図を広げてみると、三か所の陣地が、この島にはあるようである。一番、大きな陣地は、標高百メートル程度の山頂にある陣地で、そこには、五門の大砲が備え付けられている。それは、付近を航行する艦船を砲撃するもので、すでに、日本軍の戦艦によって砲台は破壊されている。他の陣地は、その砲台を守備するためのものである。 小隊は森の中に入り、細い道を山頂に歩いた。時折、獣が、森の中でざわめく。まだ、敵軍の残党が居るかもわからないので、小隊の神経も、張り詰めていた。森の中では、どこにでも身を潜めることが出来る。どこから射撃されても、おかしくない。 山の中腹にさしかかったところで、列の最後尾を歩いていた佐藤が叫んだ。 「隊長、人影が見えました」 「どこだ。敵か」 身を屈めて、周囲を窺う。しかし、草も木も多く、どこに人が居るのかわからない。 「人が居たのは、確かか」 「間違いありません」 「方角は」 「右後方。あちらの木の陰の辺りです」 佐藤は、一本の大木を指でさす。小林は小隊を散開させ、小銃を構えて、その大木の方向を囲む。 「誰か、居るのか。武器を置いて、出て来い」 小林は、佐藤と大山の二人を前進させる。が、その大木に近づいたところで、爆発音と共に、佐藤の体が飛ばされた。地雷である。佐藤は、左足が飛ばされていた。 同時に、大木の陰から、誰かが手を出して、何かを投げた。 「逃げろ。手榴弾だ」 小林が叫ぶと同時に、隊員たちは、草の中に飛び込んで、身を伏せる。 手榴弾が爆発し、高橋と大山が飛ばされた。佐藤の目に、背を向けて森の中に逃げる敵の兵士の姿が見えた。佐藤は、小銃を構えて、数発の銃弾を発射する。しかし、一発も命中すること無く、敵兵は森の中に姿を消した。 小林と清水は、負傷者を確認する。高橋は脇腹に、大山は左肩に重傷を負っていた。 高橋も大山も、何とか、歩くことは出来る。小林は、二人に、佐藤を連れて海岸に戻るように指示した。無線で沖の船に現状を報告し、救助と援軍を要請する。この島には、まだ敵兵が残っているらしい。あの一人だけなのか、それとも、他にも居るのか、まだ、判断は出来ない。 「隊長、私たちは、どうしますか」 「地雷があるとすれば、不用意に歩くのは、危ないな」 「しかし、敵兵は、森の中に逃げましたが」 「森の中は、危険だ。山道に戻ろう」 山道は、大丈夫だろうと判断する。このまま、上に登るのか、それとも、負傷した仲間と一緒に海岸に戻り、援軍を待つべきか。 敵兵の逆襲を考えて、小林と清水は、負傷兵の後方を守ることにした。後ろを警戒しながら、ゆっくりと山道を下りて行く。見えない敵は、どこから現れるかわからない。森は、敵にとって格好の隠れ家である。 船で指揮を取っているのは、渡辺大尉である。大尉は、詳しい状況の連絡を求めて来ていた。しかし、今のところ、全く、それが把握できる状態ではない。とりあえず、味方の被害を詳しく報告する。 「敵の数、状況は、全く把握できません。確認できた敵兵士は一人。地雷、手榴弾の攻撃により、三人が重傷。海岸まで撤退します」 小林は、そう報告するが、その直後、海の方から、砲撃音が聞こえた。まさか、援護射撃かと思ったが、そうでは無い。沖に停泊していた日本軍の輸送船と駆逐艦が、敵の軍艦の砲撃を受けているようだった。これでは、船からの救助や援護を受けることは難しいと小林は判断する。それどころか、味方の船は撃沈されるかもしれない。 同時に、どこかから射撃され、銃弾が傍らの木に当たった。二発、三発と銃弾が飛び、森の木が弾ける。 小林と清水は、身を隠して反撃した。しかし、負傷の三人は、機敏には動けない。このままでは、彼らは的になってしまう。そう思う間も無く、側面から来た数発の銃弾が、彼らを撃ち抜いた。少なくとも、敵の兵士は二人いる。もはや、負傷している彼らを助けることは難しい。 海で、大きな爆発音がした。もしかすると、輸送船か駆逐艦が、大破したのかもしれないと思う。自分たちは、この島で孤立してしまったと小林は思う。それは、他の隊員たちも同じだろう。 敵の銃撃が止まった。負傷していた三人は、さらに銃弾を体に受け、もはや、瀕死の状態である。小林も清水も、不用意に動くことが出来ない。彼らを助けることは、もう諦めるしかない。 どうやって、この状況を生き延びるのか、小林は判断しなければならなかった。清水はまだ、負傷はしていないようである。 「清水、走ることは出来るか」 「出来ます。しかし、あの三人は、どうするのですか」 「諦めろ、もう、助からない」 「しかし」 「命令だ。私の後に、ついて来い」 小林は、森の中に向かって、走った。遅れて、清水もついて来る。後ろから銃弾が襲って来たが、森の木が弾いてくれた。しばらく、走り続き、銃撃が無くなったことを確かめてから、足を止める。 木の間から、海が見える。輸送船も駆逐艦も大破して黒煙を上げ、その向こうには、敵軍の二隻の巡洋艦が見えた。 「敵は、この島を奪還に来たらしい。上陸部隊が、すぐにこの島に来るだろう」 小林は、そう戦況を判断する。味方の援軍を期待するのは、難しい。 「私たちも、戦死ですか」 清水は、諦めたように言う。 「最後まで、諦めるな。生きている限り、戦い続けよう」 森の中に身を潜めて、ゲリラ戦を展開するしかない。 残りの武器を確認する。これで、いかに長く戦い続けるか、計算しなければならない。 現在、この島に居る敵の兵士は、それほど、多くないはずである。まずは、彼らを相手にしなければならないが、恐らく、彼らは、積極的に攻撃をして来ることはないだろう。問題は、敵の新手が上陸をして来ることである。もし、自分たちが生き残る可能性があるとすれば、その、敵の新手が上陸をして来る前に、何とかしなければならない。 敵の兵士が居るとすれば、どこかに、この島を脱出できる小船があるかもしれないと小林は考えた。先にこの島を攻略した味方の軍が、そういう物は全て破壊しているかもしれないが、とりあえず、探してみることにする。 海岸近くまで山を下りて、木の陰に身を隠しながら、島の周囲を歩く。しばらく行ったところで、小林は、簡易的な船着場を見つける。敵軍が作ったものだろう。そこには、一艘の小船が係留されていた。もしかすると、自分たちを攻撃してきた敵の兵士は、先に日本軍の攻撃を受けた敵の残党では無く、この船に乗って上陸をして来た新手かもしれないと小林は思った。もし、そうだとすれば、船の大きさからして、敵は、五人程度は居るのかもしれないと思う。当然、この船着場にも、監視が付いているだろう。 「どうしますか」 と、清水は小林に判断を求める。このまま、島に居ても、戦死を待つだけである。 何とか、あの船を奪えないものか。不用意に海岸に出て行くと、敵兵の攻撃の的になる可能性が高い。 小林と清水は、森の中に隠れたままで、船着場の周囲の様子を、移動しながら伺った。慎重に、注意深く、周囲を確認したが、敵の兵士の姿は見えない。まさか、自分たちを誘い出すために、隠れているのだろうか。 「俺が、先に出る。もし、敵が攻撃をして来た時には、援護してくれ」 「わかりました」 小林は、後ろを清水に任せて、森を出た。どうしても、周囲を隠すものが無いので、無防備な体勢になる。森の方を警戒しながら、船着場に近づいた。 板場に乗ったところで、何も無いようだと安心する。小林は、清水に、森から出て来いと合図する。 船着場の先に、小船が係留されている。小林は、ロープを引いて、小船を寄せる。後尾にはモーターが付いている。モーターボートを操縦した経験は、何度かあるので、小林は船に乗り込み、そのモーターのスイッチを入れ、エンジンをかけた。 「よし、乗れ」 と、小林は、清水に声をかける。 が、船に乗り込もうとした清水の頭部が、銃声と共に、撃ち抜かれた。 清水が体勢を崩し、そのまま、海の中に落ちた。水面に血が広がる。 狙撃兵が狙っている。小林は、身を伏せ、ロープを切って、船を発進させる。さらに数発の銃弾が、小林の身をかすめる。狙撃兵の狙いを振り切り、小林は、沖に出た。 部下を全て、失ってしまった。指揮官である自分だけが生き残るとは、部隊に戻り、どう説明をすればいいのかわからない。自分も、自決をするべきだろうか。そのような考えが頭をよぎる。 船を走らせていると、前方に一隻の駆逐艦がいた。敵の駆逐艦である。すでに、敵はこの島の周囲を制海権に置いているらしい。この小船で、敵の艦船を振り切れるのか。そう思っていると、駆逐艦の砲塔の一つが、小林の小船に向かって火を吹いた。轟音がして、高い水しぶきが上がる。小船が大きく揺らされ、小林は、必至でそれを操る。しかし、五回目の砲撃が、小林の船を直撃した。小林は、海に飛ばされる。 体に傷を負い、血が海中に流れた。その血が、すぐにサメを呼び寄せるだろう。もはや自分は助からない。小林は、意識を失い、もう目覚めることは無かった。
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