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作品名:彼の本性 作者:三日月

最終回   1
 誰にでも、気に食わない人というのは居るものである。橋野美紀も、そういう意味では例外では無い。かつて付き合っていた恋人の島村孝之は、とんでもない男だった。とにかく、金遣いが荒くて、女遊びが激しい。どうして、そのような男を好きになったのか、今となってはわからない。これまで、何度も泣かされて、もう愛想も尽きた。
 別れてからも、付きまとわれていた。もう、以前のように、付き合うつもりはないので美紀はもう相手にしない。しかし、孝之にはそれが面白いようで、からかう様に、今でも美紀の前に現れる。何を考えているのかわからないが、美紀には歯がゆいところだった。
 友達の花山里美は、美雪の事を心配していた。里美は、孝之の事もよく知っている。なぜ里美が孝之の事を知っているのかといえば、そもそも、孝之を美雪に紹介したのが里美だったからである。里美は、孝之の本性を知らなかった。孝之は、里美の前では仮面を被っていたのである。
 なぜ、孝之が本性を隠していたのか、里美には、わからなかった。もちろん、美紀にもわかるわけが無い。とにかく、美紀は、孝之から逃げ回った。里美も、それには、協力をしてくれる。しかし、孝之から逃げ切ることは、難しい事だった。どこに居ても、孝之は美紀の前に現れた。
 そのような美紀にも、新しく好きな人が出来た。仕事の取り引き先の会社に居た人で、名前を青木隼人と言う。顔は、それほど二枚目というわけではない。しかし、性格のいい人で自分の事を気遣ってくれる優しさがあった。
 最初のデートの日、やはり孝之は二人の前に現れた。孝之は美紀と隼人の二人を見比べて言った。
「新しい彼氏か」
「あなたには関係の無い事よ。もう、私の前には、いい加減、現れないで」
「そうは、行かない。俺は、これからも、君の前に現れ続けるよ」
「どうして。これ以上、私に付きまとうと、警察に訴えるわよ」
「君の事が、好きだからだよ。それに、俺は、君に付きまとっているわけじゃない。たまたま、俺が君の前に居るだけだ」
 そうかも知れない。孝之は、別に、美紀の周囲に付きまとっているわけでは無い。
 いつも、気が付けば、目の前に居た。それ以外の、何でもない。なぜ、孝之が自分の前に居るのか、美紀にはよくわからなかった。単なる偶然か。それにしても、これほど続き過ぎる偶然は無い。
「誰なの」
 隼人が言った。
「隠すつもりは無いから、言っておくけど、私の元彼よ。今でも、付きまとわれている」
「俺の方から、君に付きまとわないように、言ってやろうか」
「いいのよ。彼には、構わないで」
 隼人を、妙な事に巻き込みたくなかった。孝之を相手にすると、何をするかわからない。
 しかし、不安は的中した。数日後、美紀のところに隼人から連絡があった。
「今、病院に居る」
「なぜ、病院に」
「暗闇で、襲われた。もう、警察には届けてある」
 美紀は、隼人の居る病院に急いだ。町の中央病院。人気の無い、待合室に、隼人は一人で椅子に座っていた。左腕に、包帯を巻いている。その姿は、かなり痛々しい。
「どうしたの。その腕」
「突然、後ろから襲われた。これは、刃物で斬られたようだ」
「相手の顔は見たの」
「見えなかった。街灯も何も無い、暗闇の中だったから」
「背格好は」
「俺よりも、少し、身長は高かったようだ。それ以外の事は、わからない」
「警察は」
「もう、帰ったよ。後は、警察に任せよう」
「もしかして、あの男の仕業かも」
「君の元彼か。それは、はっきりするまでは、考えないようにしよう。妙な疑いをかけるのも悪い」
「でも」
「君は、余計な事はするなよ。変な事に巻き込まれるような事があれば、大変だ」
「大丈夫よ。あの男の事は、私に任せて」
 病院を出た美紀は、すぐにタクシーに乗り、孝之の住んでいる部屋に向かった。孝之の携帯電話に電話をかけるが、電源を切ってあるようで、通じない。孝之の部屋に固定電話は引いていないので、連絡は取れなかった。部屋に居るのかどうかわからないが、とりあえず孝之の部屋に急ぐ。
 孝之の住んでいるアパートは二階建ての古い木造である。かつて交際をしていた時に、美紀も何度か、そこに行った事があった。もう二度と足を運ぶことは無いだろうと思っていたが、こうなってしまえば仕方が無い。
 アパートの前でタクシーを降り、階段を駆け上がる。孝之の部屋の窓には、明かりが点いているのが見えた。孝之は、中に居るらしい。玄関のドアを、思いきり叩く。数回、叩いたところで、中から孝之が顔を出した。
「何だよ。うるさいな」
「うるさいじゃないわよ。どういう事」
「何が」
「青木さんが、刃物で斬られたの。今、病院に居る。あなたの仕業でしょう」
「馬鹿な。俺が、そのような事をする訳がない。第一、俺は、今日はこの部屋から出ていない。風邪気味だから」
「本当なの」
「本当だ。嘘はつかないよ」
 孝之が、やったという証拠は何も無い。これ以上、追及をするわけにも行かず、美紀は空しく病院に戻ることにする。孝之が犯人では無いとすれば、真犯人は誰なのか。それとも、孝之は、嘘をついているのか。
 病院に戻ると、隼人は美紀の事を心配して待っていた。
「無茶をするなよ。もし、相手が本当に犯人だったら、どうする」
「孝之は、自分は犯人じゃ無いと言っていた。本当かどうか、わからないけど」
「後の事は、警察に任せよう。素人が、危険な事をしては駄目だよ」
「そうね。孝之が犯人じゃ無いとすれば、私には、どうしようもないから」
 隼人を襲ったのは、通り魔だったらしい。それから、一週間の間に、三件の同じような犯行が続いた。孝之が、美紀の前に現れる。美紀は、とりあえず、謝らなければならないと思った。
「この間は、悪かったわね。疑ったりして」
「謝らなくてもいい。君のする事は、全て許す」
「私は、あなたのした事を許すことは出来ないけど」
「まあ、いい。その通り魔は、俺が、捕まえてやるよ」
「また、馬鹿な事をするつもり。まあ、私には関係の無い事だけど」
 それから数日後、通り魔が捕まったという報道がテレビであった。犯人は無職の二十三歳の男。会社を首になり、ムシャクシャして犯行に及んだという事だった。問題は、その男が逮捕された状況である。男が犯行に及ぼうとした時、偶然、その場を通りかかった人が、後ろから取り押さえたという事だった。その男の名前は島村孝之。間違い無い。その報道は、隼人も見ていた。隼人は、美紀に言う。
「島村孝之と言えば、君の元彼だよね」
「そうよ。あの男、まさか、本当に、犯人を捕まえるとは」
「一体、どういう人なの。君の元彼は」
「無茶苦茶で、いい加減な人よ。とても、普通では付き合えない」
 孝之は、また、美紀の前に現れる。そして、自慢気に、美紀を見た。
「全く、あなたは、どういう人よ」
「別に、好きな事をしているだけだよ」
「好きな事をするのはいいけど、他人に迷惑をかけるのは、やめてよね。私だって、迷惑をしているのだから」
「俺は、好きな事は、やめないよ。やりたい事をやる。それが、俺の方針だ」
 孝之は、また、美紀の前から消える。まだ、当分、孝之は自分から離れるつもりは無いようだと、美紀は思った。


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