僕は人を殺してしまった。 しかし、後悔はしていない。 悪いのは、相手の方である。 僕は警察に逮捕された。 もちろん、逃げも隠れもしない。 刑事は、僕を尋問した。 「なぜ、殺した」 「殺したかったからです」 「人間を殺して、いいと思っているのか」 「あの男は、悪人です。死んでも、喜ぶ人がいても、悲しむ人はいません」 「確かに、それは、そうだろう。しかし、君は、人を裁く立場にはいない」 「では、誰が裁くというのですか。あの男を、警察が逮捕し、裁判所が裁いてくれるというのですか」 「それは、出来ない。あの男は、直接、何かの罪を犯したわけではないから」 「そうでしょう。だから、僕が殺したのです。悪い事をしたとは、思っていません」 取り調べは、簡単に進んだ。 僕は、自分の犯行を否定したりしない。 僕は、すぐに起訴された。 そして、裁判にかけられることになる。
僕には、弁護士がつけられた。 しかし、僕は、弁護をしてもらうつもりはない。 胸を張って、自分の犯行を、裁判官に話すつもりである。 「君は、自分の犯行を正当化しているようだが、それでは、刑は軽くならない」 弁護士は言う。 「構いません。僕は、自分は正しいことをしたと思っていますから」 「しかし、裁判では、それは通用しない。法律的な裏付けがなければ」 「僕は、法律に頼ろうとは思っていません。僕を守ってくれる法律が無いというのなら、それはそれで、構いませんから」 僕は、弁護士に、検察官の主張に反論をしないように頼んだ。 僕は、警察の取り調べでは、何事も隠さず、正直に話してある。 検察側の主張に、間違いがあるはずがない。
裁判の日、僕は裁かれる自分の立場を、客観的に眺めた。 裁判官が居て、弁護士が居て、検察官が居る。 裁かれるというのは、奇妙なものである。 目の前に居る裁判官が、自分の罪を決めることになる。 その罪は、法律を基準としたものである。 しかし、僕の今回の行動は、法律には関係の無いものである。 いわば、正義、道徳を基準としたもので、裁判をすることに意味は無い。 裁判官の出す判決に従わないわけではないが、それは、自分の真実を裁いたわけではないと思っている。 僕を裁くことに、意味は無い。 一審で、僕は懲役十二年を言い渡された。 控訴をするつもりはないので、判決は、それで確定する。 僕は、刑務所に入った。 罪を犯したのは確かだが、悪いことはしていない。 しかし、刑務所での生活に不満を感じることはなかった。 模範囚として刑期を過ごし、八年目に、仮釈放をされた。
刑務所を出た僕には、特に行く場所もなかった。 とりあえず、住む場所を探さなければならない。 昔の友達の家にでもやっかいになろうかと思ったが、大抵の友達は、すでに結婚をしていて子供もいる。 刑務所を出た男が世話になるには、あまり良い環境ではない。
しかし、刑務所を出た僕を、待っていてくれた一人の女性が居た。 彼女は、特別に親しくしていた知り合いというわけではない。 ただ、僕が刑務所に居た時に、何度か手紙をくれた相手だった。 彼女は、僕が殺した男に、相当な被害を受け、相当な恨みを持っていたようだった。 「あの男を殺してくれて、ありがとう」 彼女は、僕に言った。 そして、住むところと、仕事の斡旋をしてくれた。 彼女は、その町の名士らしい。 彼女は、僕を、陰から支えてくれることになる。 僕は、その町で、生活をすることになった。
しばらくして、僕は、一人の女性を好きになった。 結婚を意識するようにもなる。 しかし、僕はためらった。 僕は、殺人者である。 その僕が、結婚をして、子供を持ってもいいのだろうか。 正義のための殺人だったが、その事が、僕を悩ませるとは思わなかった。 いかに、正義といっても、一人の人間を殺したという事実は重いと、今になって思ってしまう。
僕は、結婚をすることをあきらめて、一人で生きて行くことにした。 それが、僕の運命というものだろう。 正義と引き換えの運命は重い。 それは、ある意味、裁判や、刑務所での生活よりも重大なものだった。
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