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作品名:新改革同盟 作者:三日月

第1回   1
 嫌な世の中になったものだと、水野誠一は思った。
 長年、続く不況で、町には失業者があふれている。
 犯罪も増え、治安の維持を名目に、政府は国民への統制を強めていた。
 デモや集会も制限され、メディアによる表現の自由も封じられつつある。
 しかし、国民の多くは、その日の住み家や、食べる物を心配する方が先で、政府の強権を非難する声は、一向に湧き上がって来なかった。
 誠一も、そのような一般国民の一人である。
 今は失業中で、日雇いのアルバイトを探しながら、食いつないでいる有様だった。
 アパートの部屋代も、もう半年も滞納している。
 大家からは、立ち退きの要求もされていた。
 今の部屋に、いつまで住むことが出来るのかわからない。
 誠一は、職業安定所に向かっていた。
 職業安定所の前は、仕事を求める人であふれている。
 しかし、求人は少なく、職業安定所で仕事を得る可能性は少ない。
 そこに集まる失業者の多くは、仕事を斡旋してくれる「仲介者」と呼ばれる人たちに会うことが目的だった。
 仲介者たちは、失業者たちに日雇いの仕事を斡旋してくれる。
 しかし、それは賃金が安い上に、全ての失業者をまかなえるだけの仕事は無い。
 仲介者に会えても、仕事にありつけない日は多い。
 今日は、誠一は、仕事にありつくことが出来なかった。
 空しく、職業安定所から、アパートの部屋に帰る。
 お金が無いので、何もする事が無い。
 とりあえず、昼寝をすることにした。
 午後の五時まで、部屋の中で過ごす。
 五時からは、行かなければならない場所があった。
 午後の五時半から、週に二回、水曜日と日曜日に、ボランティア団体「緑の葉」がホームレスを対象に炊き出しをしていた。
 ご飯に味噌汁、その他、少しのオカズを無料で食べることが出来る。
 もちろん、ホームレスでなくても、近くに住む貧しい多くの人たちが、その炊き出しを目当てに公園の広場に集まっていた。
 誠一もその中の一人である。
 少し早目に広場に行き、列の後ろに並んだ。
 顔見知りの仲間も、すでに何人か広場に来ている。
 誠一は、彼らと雑談をしながら時間を待つ。
 しばらくすると、炊き出しが始まった。
 誠一は、順番が来て、ご飯と味噌汁をもらう。
 誠一は、広場の片隅にある花壇の脇に腰を下ろして、それを食べる。
 仲間の一人、中村義男が、誠一の隣に座る。
「今日は、仕事にはありつけたのか」
 義男が言う。
「今日は、あぶれた。中村は」
「俺もそうだ。最近は、日雇いの仕事に就くことも難しくなった」
「この先、どうなることか。俺たちは、生きて行くことが出来るのか」
「難しい事は、考えないようにしよう。どうにもならない事を考えるのは、無駄だ」
 中村は、どちらかといえば、楽天家である。
 この不況の中でも、明るく生きて行くことが出来るのはうらやましい。
 誠一には、一つ、前から思っている疑問があった。
「緑の葉」のようなボランティアは、全国に広がっていると聞いている。
 そのために、自分たちのような貧しい人たちが飢えなくてすむわけだが、そのボランティアの資金は、どこから出ているのだろうか。
 まさか、全てが無償で行われているというわけではないだろう。
 どこかで、誰かが、お金を出しているはずである。
 奇特な人も居るものだ、と、誠一は思った。
 何の利益にもならない事に、これほど熱心になる人たちが居るとは。
 本来ならば、国がしなければならない事のはずだが、それを、国に期待するのは、無理というものだろう。
 国は、貧しい一般市民のことまでは考えてくれない。
 それが、常識というものだった。

 それから三日間、誠一は、運良く、仕事にありつけた。
 それは、建設現場での仕事である。
 町の中で、五階建てのビルが一つ、建設中である。
 何か、商業用に使うビルらしい。
 出来上がってしまえば、自分には、関係の無いものである。
 四日目も、同じ現場に行くことが出来るものと思っていたが、その日は、別の現場になった。
 誠一は、特に、どこの現場でもこだわりは無い。
 とりあえず、その日の仕事にありつくことが出来れば、満足である。
 今日は、川にかかる橋の修復の仕事である。
 誠一たちは、同じ現場に向かう十数人の人たちと一緒に、バスに乗り込む。
 約二十分、バスに揺られて、現場に到着し、誠一たちは、バスを降りる。
 橋のたもとで、誠一たちは一か所に集められ、現場監督の話を聞いた。
 簡単な注意事項、仕事の振り分け、仕事内容の説明、その他、道具の使い方、など。
 一通りの仕事の説明を受けた後、さっそく、仕事に取り掛かる。
 しかし、仕事を始めようとしたその時、誠一たちの目の前で、突然、橋の中央が爆発し、橋は二つに折れて、川の中に落下した。
 誠一たち労働者は、何が起こったのかわからず、呆然とそれを見た。
 現場監督も、この状況にどう対応すればいいのか困っているようで、上司に連絡を取っている。
 すぐに数台のパトカーが来て、警察官が現場に現れた。
 警察官たちは、すぐに現場の整理を始め、誠一たち労働者には、すぐにこの場を離れるように指示した。
 誠一たちは、バスに乗って、また職業安定所の前に戻る。
 これで、今日は仕事が無くなってしまった。
 誠一は、また、部屋に帰って寝ることにした。

 翌日も、仕事を得ることが出来なかったので、誠一は、町の図書館に出かけた。
 図書館は、無料で本が読めるので、いい暇つぶしになる。
 それと、新聞を読もうと思っていた。
 昨日の出来事が、ニュースになっていないかと思ったからである。
 誠一は、図書館に入ると、棚の前に置かれていた新聞を手に取り、テーブルに座って広げてみる。
 しかし、新聞のどこにも、昨日の事件は載っていなかった。
 誠一は、図書館を出ると、近くにある電気店に行ってみた。
 ちょうど、地方ニュースの時間だったので、昨日のことを報道しているかと思ったが、やはりテレビでも、その事は取り上げていなかった。
 報道管制に引っ掛かっているのだろうかと思う。
 あの事件は、国にとって、それほど重要な意味を持つものだったのだろうか。
 報道管制がどういう基準で行われるのか知らないが、ニュースを見る限り、日本国内は平和である。
 しかし、そのようなはずは無いと、誰もが思っていた。
 人の口を完全にふさぐことは出来ない。
 噂というものは、どこからでも、流れて来るものである。

 日曜日、今日は「緑の葉」の炊き出しの日である。
 今週は、結構、仕事が出来たので、金銭的には、少し余裕があった。
 しかし、それは必要最低限のお金に、少し余裕が出来たというだけの話で、決して、楽な生活ではない。
 日曜日にも、一応、仕事を探しに出かける。
 仕事のある日には働き、仕事の無い日には休む。
 とりたてて、曜日に関係は無い。
 今日は、仕事にはありつけなかった。
 いつものように部屋に戻り、昼過ぎまで眠る。
 そして、今日も早めに、公園の広場に行った。
 そこには、いつものように、すでに人が集まっている。
 広場の右側に、人の輪が出来ていた。
 誠一は、何を話しているのだろうと興味を持ち、その人の輪に近づいてみる。
 彼らは、この間の、誠一が見た、橋の爆破の話をしているらしい。
 事情に詳しい男が一人、居るようだった。
 その男を中心に、話は進んでいるようである。
「あの事件は『新改革同盟』が起こしたものだよ。これまでは、東日本を中心に活動をしていたようだけど、とうとう、この西日本にも、活動の場を広げるようだ」
「その『新改革同盟』って、何だよ」
「もう少し、国民の生活を豊かにしようという人たちの作ったグループだよ。最近になって全国的に支持も広がっているようだ」
「それと、この前の、橋の爆破と、何の関係がある?」
「公共の施設が破壊されれば、それを修復する仕事が出来る。そのためのテロだよ」
「でも、危険じゃないか? もし、人が死んだら、どうする」
「それには、十分な注意を払っているようだが、やはり、過激な活動をしているので、犠牲者は出ることもある。それは、仕方が無い」
「しかし、テレビや新聞では、全く報道されていないが」
「それは、国が報道管制を敷いているからだ。その『新改革同盟』は、反政府組織と見なされている」
「と、いうことは、その『新改革同盟』は、政府指定の危険団体に登録されているというわけか」
「指定団体の中でも、最大、かつ、最強のものだと思うよ」
「君は、なぜ、それほど『新改革同盟』について、詳しい?」
「以前、知り合いが『新改革同盟』に参加していたから、その人に聞いた。俺が、北海道に居た時に」
「君は、北海道に居たのか」
「北海道は『新改革同盟』の発生の地で、活動も活発だったよ。この辺りも、そろそろ、その影響を受けることになるのかな」
 誠一にとっては、もちろん、初めて聞く話である。
 しかし、「緑の葉」にしろ「新改革同盟」にしろ、自分たちのような貧しい人々のことを考えてくれる組織が、この日本にも多くあるということは嬉しい。
 本来ならば、国が考えてくれなければならないことだが、それを望むのは無理である。
 今の国には、国民一人一人のことを考えている余裕は無いのだろう。


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