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作品名:失われた幸せ 作者:三日月

最終回   2
 美雪の死から、十年が経った。
 僕も、三十代の半ばを越えた。
 墓参りには、毎年、行っている。
 法事にも、欠かさず、出席をしていた。
 美雪の両親は、僕の事を心配してくれているようだった。
「美雪のことは、もういいから、考一くんは、自分の人生を考えなさい」
 と、時折、僕に諭してくれた。
 良子は、五年前に結婚をし、すでに子供もいる。
 良子からも、同じ事を言われた。
「美雪のことよりも、そろそろ、自分のことを考えた方がいいわよ。美雪は、もう、帰っては来ないのだから」
「それは、そうだけど……」
「このまま、一人で、年老いて行くつもり? それは、美雪も喜ばないと思うわよ」
「そうだろうか」
「美雪も、自分のために考一くんが不幸になったとすると、あの世で後悔すると思う。そうならないためにも」
「別に、僕は、自分の事を不幸だとは思っていない」
「それならそれで、別に、私が口を出す事ではないと思うけど」
 自分にも、結婚をし、子供を持ちたいという思いはある。
 しかし、その事にためらいがあるのも事実で、それは、美雪の事が大きい。
 良子の言う通り、自分も自分の思い通りに生きた方が良いのだろうか。
 しかし、美雪への思いを心の中に抱えたままで、他の女性と幸せを迎える事が出来るのだろうか。
 自ら、恋人を探そうという気は起こらなかった。
 美雪の死後、女性に心を奪われるという事は、全く無い。
 無意識の内に、僕は、自分の気持ちに抑圧をかけているのかもしれない。
 無理に、美雪の事を忘れようという気も無い。
 どうすればいいのだろうと、僕は考える。

 二年前、実家の両親に、
「お見合いでもしてみないか」
 と、言われた事を、僕は思いだした。
 僕の両親は、僕が子供の頃からの放任主義で、何かをしろと言われた記憶は、ほとんど無い。
 やはり、両親も、僕の将来を心配しているのだろうと思う。
 お見合いか、と、僕は思う。
 一度、経験をしてみるのもいいかもしれない。
 僕は実家に帰り、両親に話をしてみた。
「もう一度、相手の方に話をしてみるよ」
 と、父親は言った。
 お見合い相手は、かつて父が定年前に勤めていた会社の取り引き先の娘で、現在、三十三歳、名前を高畠由里という。
 話は早く、次の日曜日に実際に会う事になった。
 お見合いといっても形式的なものではなく、一緒にレストランで食事をしようという事になった。
 僕としても、その方が気楽で良い。
 当日は、両親と一緒に、約束の場所であるレストランに出かけた。
 相手の高畠由里とその両親は、先に来ていて、僕たちを待っていた。
 簡単な挨拶を済ませて、席に着く。
 高畠由里は、実年齢よりも若く見える綺麗な容姿をした女性だった。
 今まで独身というのが不思議な感じである。
 食事の間は、型にはまった会話しか出来ない。
 しかし、食事の後、僕は互いの両親の配慮で、高畠由里と二人だけで、話をすることが出来た。
 僕は、これだけは、必ず話しておこうと、初めから決めていた。
 それは、最も、重要な事である。
「僕は、十年前に、事故で恋人を亡くしました。その恋人の墓参りは、これからも毎年、続けたいと思います。それでも、構いませんか」
「その人の事を、今でも、好きなのですか」
「好きですよ。絶対に、彼女の事は、忘れません」
「そうですか」
 僕は、彼女の反応を待つ。
 しかし、彼女は、意外な事を言った。
「私にも、好きな人がいます。片思いですけど」
「そうですか。その人は、高畠さんがその人を好きだということを知っているのですか」
「知っています。でも、付き合うことは出来ないのです」
「どうして」
「その人には、妻子が居ますから。不倫は、したくありません」
「そうですか。妻子持ちですか」
「お互い、このような気持ちで、結婚を前提に付き合うことは出来ないでしょう。このお見合いの話は、あなたの方から、断ってもらえますか」
「高畠さんは、その人を思いながら、一生、独身でいるつもりですか」
「それは、わかりません。将来のことは」
「じゃ、このお見合いの話は、無かったことで」
「そうですね」
 互いに、事情がある。
 それは、この年になると、当然なのかもしれない。

 それからも、お見合いは続けた。
 そして、もうすぐ四十歳という時、五度目のお見合いで、僕は、美雪の事を話した上で、僕と交際をしてもいいという女性に出会った。
 彼女は、飯田早紀という名前で、年齢は三十六歳。
 結婚歴が一度、会った。
 相手がバツ一であるという事は、僕は、別に、気にしない。
 しかし、彼女には、もう一つ、事情があった。
「実は、私、子供を産む事が出来ないのです」
 彼女は言った。
 前の夫と離婚をしたのも、その事が原因だということだった。
 僕は、別に、子供が欲しいとは思っていなかった。
 若い時ならば、考えも違っていたのかもしれないが、今となっては、もう自分の子供を持って、育てようという気持ちは無い。
 僕は、彼女との交際を始めた。
 もちろん、結婚を前提としての話である。
 僕は彼女を、美雪のお墓に連れて行った。
 彼女が、ぜひ、自分も連れて行ってくれと、僕に言ったのだった。
 一緒に美雪の墓参りが出来れば、これほど嬉しいことはない。
 お墓の前で、僕は美雪との思い出を彼女に話した。
 美雪の事を、彼女にも知って欲しいと思う。
 彼女が僕の話を、どういう気持ちで聞いていたのかは、わからない。
 それから半年後、僕たちは結婚した。
 これからは、彼女の事を幸せにしなければならないと、僕は思った。



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