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作品名:失われた幸せ 作者:三日月

第1回   1
 僕は、最愛の恋人を殺してしまった。
 あの時、ほんの一瞬の油断が、彼女の命を奪ってしまったのだ。
 買ったばかりの愛車でドライブ。
「海に行きたい」
 と、彼女は言った。
 行きかう車の少ない道で、僕は、アクセルを踏んだ。
 先の見えないカーブで、わずかにスピードを落とす。
 しかし、僕は、正面を横切った白い鳥に一瞬、目を奪われた。
 そして、対向車の接近に気が付いた時には、もうすでに遅かった。
 僕の車は対向車に接触し、その反動で、反対側のガードレールを突き破った。
 三メートルの崖下に車は落下。
 僕は、肋骨、右腕の骨折と、頭部を打撲。
 そして、彼女は、側頭部を強打し、頭がい骨を骨折。
 脳挫傷を起こし、救助が来た時には、すでに死亡していた。
 僕は、彼女の葬式に出席することが出来なかった。
 病院のベッドの上で、彼女の葬式が終わったことを、母親から聞いた。
 彼女の両親のところに、彼女を殺してしまったお詫びに行かなければと思っていたが、それよりも先に、彼女の両親が、僕のお見舞いに来てくれた。
 僕は、土下座をしてでも謝らなければと思ったが、体が動かない。
「美雪さんのことは、申し訳なく……」
 僕は、言葉が出なかった。
 そして、涙があふれ出す。
「美雪のことは、運命だったと思う。そして、君が助かったことも運命だ。君のことは、恨みはしないし、非難もしない。美雪が君と結婚をし、孫をこの腕に抱くという夢は叶わなかったが、それもまた、運命だろう」
「すみません」
「くれぐれも、美雪の後を追おうなどと、馬鹿なことを考えないでくれ。君は、美雪のためにも、生きることを忘れるな」
 僕は、美雪の父親に励まされた。
 密かに心の中に秘めていた、美雪の後を追って自殺をしてしまおうかという思いを、美雪の父親は、見透かしていたようだった。
 僕は退院をすると、もう一度、美雪の両親のところに謝罪に訪れた。
 そして、仏壇にある美雪の位牌に手を合わせ、そして、美雪の墓の場所を聞いて、墓参りにも訪れた。
 墓は、山の斜面を登った、日当たりのいい場所にあった。
 花を供え、手を合わせる。
 このお墓の中に、骨になった美雪が眠っているのかと思うと、寂しい気持ちがした。
 僕は、美雪のお墓を見ながら考えた。
 そして、心の中で、美雪に話しかける。
 僕は、これから、どうやって生きていけばいい?
 君を失った今、僕は、何を頼りに、人生を過ごすのだろう。
 僕の単調な日々が始まった。
 しばらくは、何をしても実感が無かった。
 僕は、中古車の販売店で仕事をしていた。
 しかし、あの事故以来、仕事は当分、休んでいる。
 事情は、店長には話しをしてあった。
 すでに、店の従業員には、全てを知られていることだろう。
 仕事には、行きづらい感じがした。
 同僚たちが、どういう目で自分を見るのか、気になった。
 それと、車にも、乗る気にはなれなかった。
 しかし、仕事をする上で、どうしても車に乗らなければならない。
 事故に会ってから三か月が経ち、僕はようやく、店に顔を出した。
「長い間、休んで、申し訳ありませんでした」
 僕は、同僚たちに挨拶をして回る。
「仕方がないよ。事情が事情だから」
 同僚たちは、僕を慰めてくれる。
 しかし、事故のことには、出来るだけ触れないようにしてくれているようだった。
 その方が、僕としても、助かるというものである。
 普段の仕事に戻る。

 里中良子は、亡くなった美雪の親友である。
 美雪と交際をするようになってから、僕は、良子とも仲良くしていた。
 入院中も、病院にお見舞いに来てくれた。
「すまない。美雪のことは……」
 僕は、言葉にならなかった。
「うん、その事は……」
 良子も同じで、互いに、美雪の事は話すことが出来なかった。
 それだけ、美雪の死は、互いの心に、重くのしかかっているということである。
 退院をして、仕事に復帰をしてから、僕は、良子と時々、会うようになった。
 美雪を失った喪失感を、良子で埋めようとしているのだろうか。
 しかし、そうではないと、僕は強く否定をする。
 僕は、新たな恋愛はしないと決めた。
 それが、美雪に対しての、最後の誓いだと思う。


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