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作品名:帰郷と再会 作者:三日月

第1回   1
 転勤で、十年ぶりに故郷である岡山県倉敷に帰ることになった。
 僕の実家は、児島という町にあるので、営業所のある倉敷駅前とは、車で四十分ほど離れている。
 僕は、会社の用意してくれた、営業所近くのワンルームマンションに住むことにした。
 そこからなら、自転車で通う事が出来る。
 自転車も、会社が用意してくれた。
 マンションから営業所まで、自転車だと五分もかからない。
 僕の仕事は、会社が各得意先の家庭に提供する置き薬を配達する事である。
 倉敷にある営業所は岡山県南をカバーしていて、僕は主に岡山市、備前市といった県の東部を回る事になった。
 用意された新しい名刺を持って、得意先のリストを見ながら、一軒一軒、回って行く。
 仕事自体は、すでに慣れたもので、僕は、久し振りの岡山の景色を楽しんだ。
 営業所は年中無休なので、社員は交代で休みを取る。
 一応、週に二日は休みをもらえることになっている。
 連休の時もあるし、そうでない時もある。
 休みの日には、時折、実家に顔を出すことにしていた。
 妹は、すでに結婚をして岡山市内に住んでいるので、実家には両親が居るだけである。
 犬を一匹、飼っている。
 犬の名前は「チビ」といい、その名の通り、小柄な白い毛の雑種だった。
 最近、両親は、僕の顔を見ると、
「結婚をしろ」
 と、うるさい。
 三十歳を越えて独身なので、それは、仕方のない事なのかもしれない。
 しかし、今のところ付き合っている女性はいないので、結婚のあては無い。
 お見合いというものも、する気はなかった。
 やはり、結婚は、好きな人としたいと思っている。

 地元の児島では、小学校の時からの親友である大沼直樹が、父親の跡を継いでラーメン屋をしていた。
 小さなラーメン屋で、店名は「法楽」という。
 僕は、児島に帰って時には、必ず、そこにラーメンを食べに行く。
 直樹は、三年前に結婚をして、今では、夫婦で仕事をしている。
 それと、アルバイトの女性が二人居て、結構、繁盛しているようだった。
 水曜日に休みをもらえたので、僕は車に乗って児島に向かった。
 実家に顔を出す前に、法楽に向かう。
 昼を少し、回ったところだった。
 店に着いたのは、午後の一時過ぎである。
 平日なので、昼休みの客は、すでにいない。
 店の中には、中年の女性が二人、壁際のテーブルでラーメンを食べていた。
 カウンターの奥に、直樹の姿があった。
「やあ、いらっしゃい」
 と、直樹は、僕を見て言った。
「ラーメンと餃子、それとライス」
 と、注文をして、僕は、空いているテーブルに座る。
 法楽は、豚骨ラーメンの店である。
 直樹は、間もなく、ラーメンと餃子とライスをテーブルに運んで来た。
「今日は、休みなのか」
 直樹は言う。
 倉敷に転勤になったことは、すでに話してあった。
「これから、頻繁に食べに来るから、よろしく」
「また、休みの日には、遊ぼうよ」
 法楽は、毎週月曜日が定休日だった。
 月曜日が休みの日には、直樹も、ゆっくり出来る。
 ラーメンを食べながら、僕は、直樹と話をした。
「実は、俺、子供が出来た」
「へえ、そうなの。それは、おめでとう」
「生まれるのは、まだ先だけど。先週、嫁の妊娠がわかったばかりで」
「そうか。じゃ、お祝をしないと」
 直樹の嫁は、直樹よりも三つ、年下である。
 結婚式には、僕も出席をした。
 そもそも、嫁は、この店の常連客の一人だった。
 直樹が好きになり、必死に口説いて、交際、結婚したのである。
「そうそう、この間、斎藤さんが、店に来たよ。斎藤さんも、離婚をして児島に帰って来ているらしいよ」
 斎藤真理。
 彼女とは、高校の時に知り合った。
 片思いをしていた時期もあったが、今では、いい友達である。
 しかし、二年前に彼女が結婚をしてからは、連絡を取ることも無くなっていた。
 彼女が結婚をしたのは、岡山の病院に勤める五つ年上の医者だった。
 彼女の結婚式には、僕は出席をしていない。
 招待状は来たのだが、欠席として返事を出した。
 嫉妬心があったのだろうか。
 まだ、好きなのかもしれないと思う。
「離婚か。どうして」
「詳しくは話してくれなかったけど、どうも、旦那の浮気が原因らしいよ」
「浮気か。医者だったら、もてるだろうな。お金もあるだろうし」
「医者か弁護士かといったところか。女にもてる職業は」
「斎藤さんは、実家に居るのか?」
「実家に居ると言っていた」
「子供は、居るのかな」
「子供は、娘が一人いるらしいけど、旦那の方が育てることに決まったらしい。斎藤さんは落胆していたよ」
「一度、僕の方からも電話をしてみるよ。励ましてやらないと」
 ラーメンを食べ終えた後も、しばらく話をする。
 店を出たのは、午後の三時過ぎ。
 とりあえず、実家に顔を出してから、倉敷のマンションに帰ることにした。


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