僕は、死んでしまったらしい。 意識だけが、宙に浮いている。 これが、魂というものらしい。 線路脇には、僕の体が横たわっていた。 電車が、その先に止まっている。 僕は、電車に跳ねられたのだろうか。 死ぬ前後の記憶は無い。 人が集まって来た。 警察と救急車も、駆け付ける。 救急車は、僕の遺体を乗せ、病院に運ぶ。 警察は、現場検証を始めた。 僕は、ふわふわと、宙に浮きながら、それを見た。 さて、これから、どうしようかと思う。 死後の世界があるとは思っていなかったので、僕は、途方に暮れた。 どうやら、天国、地獄といった世界は無いようである。 もしかすると、自分が、成仏をしていないだけなのだろうか。 だとすると、成仏をするには、どうすればいいのだろうか。 難しいことを考えるのは、後にすることにする。 僕は、ふわふわと、空中を移動した。 とりあえず、自分の部屋に戻る。 白壁のアパートの二階。 窓を開けなくても、通り抜けることが出来た。 部屋の中は、きれいに片付けられていた。 壁際の棚の上には、遺書が置かれていた。 遺書に書いた内容は、覚えていない。 僕は、自殺をしたらしい。 なぜ、自殺をしたのだろうか。 死に関する記憶が、全く抜け落ちている。 さて、次は、どこに行こう。 僕は、残っている記憶をたどる。 一番、強く残っているのは、ある女性のこと。 本多美紀。 僕が、好きだった女性である。 僕は、本多美紀のところに行くことにした。 彼女はどこに居るのだろうと思った。 が、魂となった僕は、自然と、彼女の居る場所に引かれて行く。 ふわふわと移動をした先は、町角にあるカフェだった。 彼女は、友達の古橋望と、話をしている。 僕がふわふわと本多美紀の後ろで浮いていると、古畑望が、僕を見た。 僕は、不思議に思う。 彼女には、僕が見えるのか。 「ねえ。ちょっと」 望が、美紀に言った。 「美紀ちゃんの後ろに、何か見えるわよ」 「何かって?」 「霊だと思う。男の人の霊」 「嫌だ。変な事、言わないでよ」 「何か、心当たりは?」 「何もない。私、人に恨まれるようなことは、何もしていないわよ」 「私の見たところ、悪い霊ではないようだから、安心してもいいわよ」 「私の、守護霊ってこと?」 「それは、どうかわからない。でも、放っておいても、大丈夫だと思う」 古畑望は、僕のことを、そう判断した。 僕も、本多美紀に危害を加えようという気は、全く無い。 僕は、それから、しばらくの間、本多美紀の周囲をふわふわとついて回った。 何か、特別な興味があったわけではないが、何だか、心地良い。 霊にも、そういう感覚はあるようである。 霊は、自分の心地よい感覚の場所に収まるものらしい。 僕にとって、それは、本多美紀の傍らだった。 僕は、彼女を見守り続ける。 それに、何の意味があるのかといえば、特別の意味は無い。 彼女には、恋人が居た。 不思議と、嫉妬心は、湧かなかった。 相手が悪い男なら、呪ってやることも出来たのかもしれない。 しかし、相手は、真面目な、良い男で、僕が、邪魔をするまでもなかった。 彼女は、やがて、その男と結婚した。 もうそろそろ、僕がそこに居るべきではないと思った。 僕は、また、ふわりふわりと移動する。 どこか、居心地の良い場所を探して、町の中をさまよった。 しかし、どこにも、僕の安住の地は無いようである。 やはり、天国か地獄に、成仏をするべきなのだろう。 しかし、その方法がわからない。 僕は、ふわふわと、自分が自殺をした線路の上に移動した。 その線路の傍らには、地蔵が置かれ、花が飾られていた。 誰が置いてくれたのか、僕は、嬉しく思う。 僕は、自分の魂が昇天するのを感じた。 僕が、僕でなくなって行く。 それが、成仏というものなのだろう。
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