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作品名:同居の二人 作者:三日月

第1回   1
 畑野孝は、古い一軒家を見つけて、そこを借りることにした。
 二階建てで、一階に三部屋と台所、風呂、トイレ。
 二階には二部屋が東西に並んでいる。
 一人で住むには、広すぎる家だった。
 とりあえず、一階部分の掃除と整理を済ませ、そこで生活をすることにする。
 孝は、売れない画家をしていた。
 別に、絵を描いて生計を立てていたわけではない。
 実家が裕福で、孝は親からの援助で、十分、生活をすることが出来た。
 毎日、気ままに、車に乗って、絵を描きに出かけて行く。
 孝が描くのは、もっぱら、風景画だった。
 きれいな景色を見つければ、そこで車を止めて、日が暮れるまで絵を描いている。

 新居に住み始めてから、二週間が経った。
 その日もまた、孝は絵を描きに、朝から出かけていた。
 三日前から、同じ海岸の風景を描いている。
 その日は、昼を過ぎた頃から空が曇り始め、雨も、ぽつり、ぽつりと、落ち始めた。
 孝は、絵の道具を片付け、早めに家に帰ることにする。
 家の前まで帰って来ると、門の前に一人の女性が立っていた。
 誰だろう、と、孝は思いながら、車を車庫の中に入れる。
 孝が車から降りると、女性は、孝の方に歩いて来た。
「すみません。失礼ですが、この家に住んでいる方ですか?」
「そうですけど」
「いつから、この家に住まわれていますか?」
「二週間前からですけど」
「そうですか。私も、この家を借りようと思っていたのですが、大家さんから、何か聞いていませんか?」
 孝は、大家から聞いていた話を思い出した。
 孝が、この家を借りようとした時、先約があると、一度は断られていたのである。
 孝は、倍の家賃を払うからということで、強引に契約をしたのである。
「あなたですか。聞いていますよ」
「この家は、私が借りる予定だったはずですが」
「そのようですね。すみません。横から割り込んでしまって」
「どうしましょう。私は、前の家を引き払って、他に行くところがないのですが」
「よかったら、二階に住みませんか? 二階は使っていないので、貸してあげてもいいですよ」
「あなたと、同居ということですか」
「嫌でしたら、仕方ありませんが」
「しばらく、考えさせてください」
 女性は、そう言って、どこかに帰って行った。
 女性は美人だったが、孝に、下心があったわけではない。
 これまで、孝に近づいて来る女性は、お金が目当ての人間ばかりだった。
 そういう女性に、孝は全く興味が無かった。

 それから、二日後の夕方。
 その女性が、また家に来た。
「やはり、この家の二階に住まわせてもらうことにします。いいですよね」
「もちろん、いいですよ。どうぞ」
 翌日、女性は、引っ越し業者と一緒に、荷物を二階に運び込んだ。
 孝は、別に、用は無いのだが、描きかけの絵の仕上げをしながら、その様子を窺う。
 昼過ぎには、引っ越しは終わった。
 業者が帰ると、家の中は落ち着いた。
 しばらくして、女性が二階から下りて来る。
「お騒がせしました。引っ越しは終わりましたので」
「そうですか。お疲れ様」
「絵を描いているのですか」
「そう」
「失礼ですが、お仕事は、何をしているのですか」
「一応、僕は、プロの画家です。あまり、売れないですけど」
「そうですか。どうりで、上手だと思いました」
 女性は、描きかけの絵を覗きこむ。
 あまり、視力が良くないようである。
「まだ、お名前を聞いていませんよね。僕の名前は、畑野孝といいます。あなたは」
「私は、姫野香織です。これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「言っておきますが、二階には上がって来ないでくださいね。二階は、完全に私の空間ということでいいですよね。家賃は、半分は、払いますので」
「いいですよ。そうしましょう」
 孝は、香織に家の合鍵を渡す。
 とりあえず、互いの生活に干渉をしないということで、一つ、屋根の下での同居がはじまった。


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