古代ローマには、剣闘士と呼ばれる人たちが居た。 彼らは命をかけて、競技場で戦い続ける。 観客たちは、剣闘士の戦う姿に熱狂した。 剣闘士は、ほぼ、全ての場合、競技場で命を落とす。 彼らの多くは、死ぬまで戦い続ける運命だった。
今日は、月に一度の、剣闘士の試合の日である。 古代ローマの剣闘士は、現代に復活していた。 古代ローマの剣闘士は、主として奴隷だったが、現代に奴隷はいない。 現代の剣闘士は、全てが志願者である。 例え、死んでも構わないという誓約書に署名し、訓練を積んで、競技場の舞台に立つ。 その多くは、莫大な賞金を得ることを目的にした人たちだった。
現在、最も人気のある剣闘士は、桑田甚八という男だった。 二十歳の時に剣闘士としてデビューし、二十五歳になる現在まで、圧倒的な強さで勝ち続けている。 まるで、映画スターのような容姿も、その人気に拍車をかけた。 五月二十五日の日曜日。 剣闘士桑田甚八の戦いを見に、今日も大勢の観客が、競技場に押し寄せた。
少年、原田満も、剣闘士桑田甚八のファンだった。 しかし、剣闘士の試合は、十五歳にならないと見ることが出来ない。 テレビでの中継も無いので、満は、桑田甚八のポスターを見ながら、剣闘士の試合を想像するしかない。 翌日の新聞には、結果と配当金が掲載される。 満は、それを、楽しみにしていた。
森田光江もまた、桑田甚八のファンだった。 桑田甚八が試合をする日には、必ず競技場に足を運ぶ。 その日もまた、友人の北村華子と一緒に、競技場に居た。 観客は大歓声を上げながら、桑田甚八の登場を待つ。 午後三時。 高いサイレン、楽団の演奏と共に東の門が開き、桑田甚八が登場する。 きらびやかな甲冑を身に付け、長大な剣を手にしている。 大きな歓声と拍手が、競技場を包んだ。 さらに西の門が開き、対戦相手の剣闘士が登場する。 対戦相手は現在、人気、実力、共に上昇中の村岡隼人という剣闘士である。 しかし、村岡隼人は、桑田甚八の相手ではない。 それが、観客の全ての見方だった。
鐘の音が、高く鳴り響く。 競技場の中は静まり、神聖な時間が過ぎる。 さらに、もう一度、鐘が鳴ると、試合開始の合図だった。 剣闘士の勝負は、殺し合いである。 それが、観客を熱狂させる。
桑田甚八の攻撃は、華麗にして、かつ、力強い。 大方の予想通り、村岡隼人は、防戦一方に追い込まれた。 最後に、桑田甚八の剣が、村岡隼人の盾を弾き飛ばす。 村岡隼人は、左腕を肩から斬り落とされ、勝負は決まった。 剣闘士の試合でも、稀に、命が助かることもある。 村岡隼人は、担架で、競技場から運び出された。 一命は取り留めたが、剣闘士として復活することは不可能である。
森田光江は、満足をして競技場を出た。 桑田甚八は圧倒的な人気のため、配当金は少ない。 次回の、桑田甚八の登場する試合は、一ヶ月後である。 剣闘士の試合のサイクルは、主催をする協会が決めることになっている。 人気の剣闘士は、その分、登場の回数も多い。 しかし、毎回の試合が、文字通りの命がけである。 その精神状態が、どの程度のものか、想像をする術はない。
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