それから三週間が経った時、まるで嘘のような奇跡が起こった。 いつものように、お店でアルバイトをしていると、見覚えのある男が、店の中に入って来る。 それが、渡辺直人だった。 高校を卒業して以来、一度も会っていないが、間違いない。 もしかして、あの神社の御利益か、と、思ったが、そう考えるのは、まだ早い。 ほんの、偶然に過ぎないのかもしれないと思う。 直人が、自分に気がついた。 それだけでも、嬉しいものである。 「あれ? 清水さん?」 「うん。渡辺くん、だよね」 「ここで、働いているの?」 「うん、アルバイトだけど」 「僕も、しばらく実家に居るから、時々、買いに来るよ。ハンバーガーとポテト。それとコーラを」 「はい。ありがとうございます」 渡辺直人は、高校を卒業後、関西の大学に進学をしていた。 今は、どこに住んでいるのか。 恋人はいるのか。 何の仕事をしているのか。 聞きたいことは色々あったが、仕事中なので、話をしている余裕はない。 しかし、それから、ほぼ毎日、直人は店にハンバーガーを買いに来た。 時折、話をする暇を見つけて、香澄は直人と話をした。 「仕事は、何をしているの?」 「今は、何もしていない。とりあえず、無職」 「これまでは、何をしていたの?」 「車の営業をしていた。ホンダの車」 「へえ、そうなの」 「でも、次は、違う職種に就きたいと思っている。もう少ししたら、就職活動を始めるつもり」 肝心な事を聞かなければと思いながら、香澄は、なかなか切り出せずにいた。 そのうちに、夏美が、香澄に聞いた。 「いつも話をしている男の人は、誰なの?」 「あの人が渡辺直人くんよ。近藤さんの言った通り、あの神社の御利益かも」 「本当に? これはチャンスじゃない」 「どうしようかと、今、考えているところなのよ。まさか、本当に会えるとは思っていなかったから」 「頑張って。今の清水さんには、神様がついているんだから」 夏美の言う通り、今の自分には、神様がついている。 香澄はそう信じることにした。 翌日、また直人が店に来る。 香澄は、思い切って、勇気を出した。 「渡辺くん、今、誰か、恋人は居るの?」 「今? 今は、いないよ」 チャンスだ、と、香澄は思う。 「私と、付き合わない? こんな話をするのは、二度目よね」 「そうだね。覚えているよ」 「あの時は、他に好きな人が居るという話だったけど、今は、どう?」 「うん、そうだな。ちょっと、考えさせて」 脈は、ありか、なしか。 香澄は、察しかねた。 直人は、いつものようにハンバーガーを持って帰って行く。 それから、香澄の胸は、期待と不安で高まった。 その日の夜、直人から電話がある。 「昼間の返事だけど」 「うん」 「付き合ってみようか。僕たち」 「本当に、いいの?」 「清水さんが、良ければ」 「もちろん、良いに決まっているわよ。じゃあ、これから、渡辺くんのことを彼氏だと思ってもいいのね」 「そういうこと。これから、よろしく」 「こちらこそ」 香澄は、嬉しさで、飛び上がりそうになる。 夢が叶った。 あの神社は、本物だった。
その翌日、香澄は、さっそく、夏美に感謝をする。 「ありがとう。願いが叶った」 「本当に? 渡辺さんと、付き合うことが出来たの?」 「あの神社は、本当に願いが叶うのね」 「そうみたいね。私も、半信半疑だったけど」 夏美も、内心ではそうだったらしい。 直人は、就職活動を始める。 地元で仕事を見つけ、地元で生活をするつもりだと直人は言った。 香澄にとっては、嬉しいことである。 将来は、一緒に暮らすことを、想像してみたりする。 もちろん、そこまで具体的なことを話すつもりは、今は無い。 交際は、順調に進んだ。 思った通り、二人の相性は、ぴったりである。 香澄は、直人に、もう一つ、聞きたいことがあった。 それは、昔、直人が好きだと言っていた女性のことである。 その女性は、誰なのか。 そして、その女性とは、どうなったのか。 恋人の昔の彼女のことを詮索するのは、みっともない事かと思う。 しかし、その興味は、抑え切れない。 「昔、私の告白を断わった時に、好きな人が居ると言ったわよね。それって、誰なの?」 「話してなかった? 若田由紀子。知っていると思うけど」 若田由紀子のことは、よく知っていた。 高校三年生の時には、同じクラスであった。 その時は、全く、意識していなかったので、話をしたことはあまりない。 「その若田さんとは、付き合っていたの?」 「うん。少し前まで」 「どうして、別れたの?」 「それは、まあ、いいじゃないか」 直人は、はっきりとした理由は、話さなかった。 知りたいと思ったが、それ以上、詮索をするのも、無理なように思えた。
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