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作品名:恋愛成就祈願 作者:三日月

第1回   1
 恋人に振られた清水香澄は、その日、一晩、部屋の中で泣いた。
 しかし、切り替えは早い方で、翌日には、気分もすっきりと回復し、アルバイトに出かけて行く。
 アルバイト先は、最近、近所に出来たファーストフード店である。
 マクドナルドのような全国展開のチェーン店ではなく、市内に数店舗を展開するだけの小規模な店である。
 しかし、他に競合店が無いので、客の入りは多く、結構、繁盛していた。
 香澄のアルバイトは、午前十一時から、午後八時まで、途中、休憩を挟んで、八時間の勤務である。
 その日も午後の八時を回り、同じアルバイト仲間で、仲の良い近藤夏美と、夕食を食べに出かけることにした。
 近くのファミリーレストランに、自転車で移動する。
 空いたテーブルを見つけ、二人で座った。
 注文をした後、香澄は、さっそく、恋人に振られた愚痴を延々と夏美に話す。
「まあ、早く、次の恋人を見つけることね」
 夏美は、言う。
「わかっているけど、なかなか、いい男がいない」
 香澄は、言う。
 夏美は、恋人が居る。
 しかし、香澄は、まだ、夏美の恋人に会ったことがない。
 話によると、なかなか、いい人らしい。
 一度は、会ってみたいと思っている。
 夕食を食べ終え、デザートにアイスクリームを食べる。
「いい事、教えてあげようか」
 と、アイスクリームを食べながら、夏美が言った。
「何?」
 と、香澄は聞き返す。
「恋愛がかならず成就するという神社があるの。行ってみる?」
「それ、どこ? 行ってみたい」
「今度の休みに連れて行ってあげる。ちょっと、遠いけど」
 シフトの関係で、香澄と夏美の休みが一緒になるのは二週間後の水曜日だった。
 水曜日の朝、夏美が車で迎えに来てくれた。
 香澄は助手席に乗り込み、夏美は車を走らせる。
「新見市まで行くから、三時間はかかると思うわよ」
 夏美は言った。
 車内には、夏美の好きな音楽が流れる。
 車は高速道路に乗り、北に向かった。

 高速道路を降り、静かな、山間の町に出た。
「さて、ここからどう行けばいいのかな」
 と、夏美は言う。
 夏美は、あまり目的地を詳しく知らないらしい。
 途中で見つけたコンビニで、
「形原神社には、どう行けばいいのでしょうか」
 と、店員に道を尋ねる。
 形原神社は、そのコンビニからそれほど遠くない場所にあった。
 正面には小さな赤い鳥居があり、その隣の敷地が、砂利を敷いた駐車場になっていた。
 夏美はそこに車を止める。
「さあ、着いた」
 と、夏美と香澄は、車を降りる。
 二人は鳥居をくぐり、背後の山に続く石段を上がった。
 神社の境内は、その石段の上の、山の高台にあった。
「ここで、お参りをすればいいわけ?」
 香澄は聞く。
「それだけじゃないのよ。色々と、しきたりがある」
 まずは、賽銭箱に五十円の賽銭を入れ、鈴を鳴らし、手を合わせ、好きな人がいれば、その人の名前を三回、頭の中で唱える。
 そして、社殿の周囲を、右回りに三回まわり、もう一度、賽銭箱の前で同じことを繰り返す。
 その後、絵馬を買い、そこに好きな人の名前と自分の名前を書き、境内の裏の山の木の中に吊るす。
 その場所は、高ければ高いほど、良い。
 それから、おみくじを買い、結果が何であれ、肌身離さず、身に付けていること。
 そして、それから毎日、百回以上、好きな相手の名前を頭の中で繰り返すこと。
 そうすれば、願いは必ず叶うと、もっぱらの評判だと夏美は言った。
「どこで聞いたの?」
 と、香澄は聞く。
「以前、アルバイトをしていたところの仲間に、この町の出身の子がいたのよ。その子に聞いたの」
 夏美は言った。
「騙されているんじゃないの」
 と、香澄は疑う。
「もし、そうだとしても、試してみるのもいいんじゃない? ほんの、遊びだと思って」
 夏美はそう言いながら、社殿の正面に向かう。
 香澄は、とりあえず、試してみることにした。
 香澄には、今のところ、好きな人はいない。
 振られた相手には、もはや、未練は無い。
 色々と考えた末、一人の男の顔が、ふと頭の中に浮かぶ。
 それは、中学の時から、高校を卒業するまで、片思いをしていた同級生で、渡辺直人といった。
 高校二年生の時に、一度、交際を申し込んだことがあるのだが、あっさりと、振られてしまった。
「僕には、好きな人がいるから」
 というのが、彼の理由だった。
 その人が、誰なのか、香澄は知らない。
 知りたいとは思っていたのだが、それをつきとめる方法が無かった。
 その、渡辺直人の名前を、夏美に言われた通り、頭の中で唱える。
 そして、絵馬にも名前を書き、木の上に吊るした。
「渡辺直人って、誰?」
 と、夏美は、聞く。
「昔の同級生。私の好きだった人」
 と、香澄は答えた。
 おみくじを買うと「吉」が出た。
 良くもなく、悪くもなくといったところで、ひとまず、安心する。
「そういえば、帰る時には、石段を後ろ向きで下りなければいけないそうよ」
 夏美は言った。
 香澄は、言われた通り、後ろ向きで石段を下りる。
 どうも馬鹿げたことをしているようだが、それもまた、面白い。
 それから毎日、吉のおみくじを身につけ、渡辺直人の名前を百回、唱える。
 半信半疑だが、別に、損をするわけではないので、続けてみるのも悪くない。


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