備前国沢田村の恩勝寺に、円月という修行僧が居た。 十年、そこで修行をした後、一念発起し、全国行脚の旅に出る。 四国に渡り、土佐国肥田村で托鉢をしていた時、円月は面白い話を聞く。 「土佐国と伊予国の国境にある最善寺山に、栄俊という高僧が居る。会ってみるといい」 円月は、その最善寺山に行ってみることにした。 様々な人に会い、見分を広めることが、旅の目的である。 四万十川を上流に向かって歩き、四国山脈に入る。 目の前に並ぶ、高い峯の中で、左から三番目が、最善寺山だと、麓の村人から聞いた。 円月は、最善寺山を目指して、山道を登った。 山の中腹まで来たところで、それまでよく晴れていた空が、突然、雲で覆われ始めた。 ゴロゴロと、雷の鳴る音も、遠くで聞こえ始めた。 このまま、山上を目指すべきか、それとも、一度、麓に下りるべきか。 円月はしばらく立ち止まって考えたが、そのまま、上を目指すことにした。 それほど、深い山でもない。 雨で遭難ということも、まず、ないだろう。 栄俊がどこに居るのか、麓の人たちも知らないようだった。 「運が良ければ、会うことが出来るでしょう」 と、麓の人が言った。 円月はその言葉を頼りに、山道を歩く。 途中で、山道が、時折、二つに分かれる。 どちらに行こうかと考えるが、そこは、運を天に任せるしかない。 そのうちに、雨が降り始めた。 雨は、すぐに激しくなり、雷の音も、次第に近くなる。 円月は、山道を外れ、大木の陰で、雨を避けることにした。 頭上には、枝葉が茂り、適当に、雨除けになっている。 円月は、地面に腰をおろし、背中で木にもたれた。 山道を登り続け、足も疲れていたところである。 雨は、一向に、やむ気配がない。 眠気が円月を襲い始めた頃、少し離れた山道の方に人影が見えた。 もしや、栄俊か。 円月は、そう思い、眠気を振り払って、雨の中に飛び出す。 人影を追いかけようとしたが、円月は驚いて立ち止まった。 そこに居たのは、人ではなく、鬼だった。 鬼は想像していたほど大きなものではなく、しかも、顔には愛嬌があった。 円月も驚いたが、鬼の方も、同時に、驚いていた。 鬼は、まだ子供らしいと、円月は思う。 「この山には、鬼が居るのか」 円月が言う。 「君は、誰だ」 鬼が言う。 「私は円月という。旅の修行僧だ。この山に栄俊という高僧が居ると聞いて、会いに来た」 「栄俊か。それは、運が良い」 「どこに居るのか、知っているのか?」 「栄俊なら、この雷が終わる頃、龍神と共に現れるだろう。それまで、待つがいい」 鬼は、円月に背を向けて、歩き出す。 その時、凄まじい轟音とともに、周囲がまぶしく光り、地面が揺れた。 落雷だと、すぐにわかる。 先ほど、雨宿りをしていた大木が二つに裂け、黒こげで、煙がくすぶっていた。 雨は一層、激しくなる。 視界が遮られるほどの大雨で、円月はどこかに避難をしなければと思った。 森の中を、さまよう。 しばらくすると、雨が小降りになってきた。 円月は、少し、安心する。 山道に戻ろうとしたところ、空から、何かの叫ぶ声が聞こえた。 怪獣か、と、円月は思う。 山道に出て、空を見上げると、巨大な龍が、空に見えた。 「龍神か?」 巨大な龍が、吠えながら、空を舞う。 円月は、それを、呆然と見詰める。 龍はしばらく空を舞い、高い山の向こうに消えた。 すると、同時に、一人の僧が、目の前に現れた。 「栄俊どの、ですか?」 円月は言った。 「その通りだ。円月くん」 「私のことを、ご存知ですか」 「私は、この世の中のことは、何でも知っている。過去から未来、天から地の底まで」 栄俊は、神々しい後光を放っていた。 円月は、栄俊の前で土下座をする。 「ぜひ、私を弟子にしてもらえませんか」 「それは、無理だ。私について来たければ、命を捨てなければならない」 「大丈夫です。覚悟は、出来ています」 円月は、護身用に持っていた短刀を懐から取り出した。 それで、円月は、おもむろに自分の胸を刺す。 円月は、地面に倒れ、そのまま、死んでしまった。 そして、円月の魂は、体を抜けだし、宙に浮かぶ。 そこには、栄俊の本体としての魂もあった。 そして、その背後には、巨大な龍の姿がある。 「龍神か……」 円月は、思った。 栄俊は、龍神の化身だということが、魂になって初めて、即座に理解できる。 栄俊と円月は、龍の導きにより、海を越え、神々の待つ日向国に向かった。 そこは天孫降臨の場所。 高千穂の空で、円月の新たな修行が始まった。
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