山田孝太郎は、いつものように、会社の近くの定食屋に昼御飯を食べに出かける。 最近は、笠原由香子と一緒の場合も多かった。 超能力は、相変わらず、見せてはもらえない。 いつの頃からか、孝太郎は由香子が超能力者であるという事を、あまり意識しなくなっていった。 一人の人間として、孝太郎は、由香子の事を見るようになる。 実際に超能力を見なければ、彼女は普通の人間と変わらない。
加納愛子は、由香子と同じく、会社で事務の仕事をしている。 高校を出て二年目。 まだ二十歳の、かわいらしい女の子だった。 愛子は、由香子のことを、姉のように慕っていた。 愛子が由香子の超能力のことをどう思っているのか、孝太郎は知らない。 由香子が普通の人間として生活をしている以上、孝太郎も、敢えてその事を口にするべきではないだろうと思っていた。
愛子は、昼休みは、会社の休憩室で弁当を食べている。 弁当は、一緒に暮らしている母親に作ってもらっているらしい。 愛子の周囲には、工場で働く若い社員たちが、よく集まって話をしていた。 愛子は、会社の中のアイドルのような存在でもあった。 孝太郎と由香子は、定食屋で昼御飯を食べて、工場に戻って来た。 昼休みの終わる午後一時までには、まだ十分ほど、時間があった。 正面にある開いたシャッターの前で、孝太郎と由香子は立ち話をする。 休憩室の中から、弁当を食べ終えた愛子が出てくる。 「笠原さん、お仕事ですよ」 愛子が声をかける。 「わかった。今、行くから」 そう言うと、愛子と由香子は、事務所に入る。 孝太郎も、自分の仕事に就くことにした。 製品を造り出す機械の前で、調整を始める。 先日、会社に入ったばかりの新入社員である若田明人が、孝太郎に近づいて来た。 「あの人、笠原由香子さんですよね。山田さんは、あの人と仲が良いのですか?」 「うん。仲が良いというわけじゃないけど、悪くもない。普通じゃないか」 「あの人、あの有名な笠原由香子ですよね。昔、テレビに出ていた」 「君も、知っているのか」 「知っていますよ。よく、テレビを見ましたから」 「超能力に、興味があるのか」 「あります。僕も、超能力が欲しいと思っています」 「超能力というのは、天性のものだろうから、多分、普通の人には、無理だろうね」 「僕を、笠原さんに紹介してもらえませんか。笠原さんの超能力を、実際に、この目で見てみたいです」 「紹介くらい構わないけど、超能力を見たいというのは、どうかな。笠原さんは、見せてくれないと思うよ」 孝太郎は、明人を、今度、一緒に昼御飯に連れて行くことにした。 そこで、明人を由香子に紹介しようと思う。
翌日から、孝太郎は明人と一緒に昼御飯を食べに定食屋に行った。 由香子がその定食屋に一緒に来たのは、それから三日後の事だった。 「新入社員の若田明人くん。知っているかな」 「知っているわよ。先週、入って来たのよね」 「若田くんが、笠原さんに、何か、話があるらしいよ」 孝太郎はそう言って、話を明人に預ける。 明人は、さっそく、由香子に話しかけた。 「笠原さんのこと、昔、よくテレビで見ていましたよ。今も、超能力は使えますか?」 「あなたは、超能力を疑わないの?」 「疑いません。実は、僕、本物の超能力者を、以前に見た事があります」 「それは、本当に、本物の超能力だったの? 世間には、偽物も多いわよ」 「本物ですよ。それは、疑いありません」 「私の超能力だって、本物だとは限らない」 「そうでしょうか。ですから、ぜひ一度、僕に超能力を見せてください」 由香子は、テーブルの上にあった爪楊枝を一本、手のひらの上に置いた。 由香子はそれを、じっと見つめる。 明人と孝太郎も、その手のひらの中の爪楊枝に注目した。 爪楊枝が、ふわふわと宙に浮かぶ。 孝太郎は、初めて目の前で見た超能力に驚嘆した。 やはり、由香子の超能力は、本物だった。 「これで、どう? 満足した?」 「やっぱり、本物の超能力者だったのですね。超能力は、僕の憧れです」 「若田くんが、以前に見た超能力者というのは、どういう人だったの?」 「僕の、幼馴染みです。中学生の時に、事故で亡くなりましたが」 「その人は、どういう超能力を?」 「やはり、サイコキネシスですね。それから、テレパシーも少し」 「若田くんも、その幼馴染みのように、超能力を使ってみたいと思ったわけ?」 「はい。その通りです」 「超能力なんて、それほどいいものじゃないわよ。世の中の、何の役に立つというわけじゃないし」 「でも、使えると、格好いいじゃないですか」 「格好いいというものじゃないわよ。私の体験では、まるで異端児のよう」 「でも、笠原さんは、昔、テレビに出ていたじゃないですか」 「あれは、浮かれていたのよ。一時の気の迷いだった」 「何か、嫌な思いでもしたのですか? 自分の超能力のことで」 「嫌な思いというか……。まあ、色々とね。若田くんも、超能力への変な憧れはやめることね。その方がいいと思う」 「そうでしょうか。僕は、超能力は、人間の進化だと思っています。憧れるのは当然だと思います」 「進化? 私は、そうは思わないけど」 「これまでに無い能力を備えるということは、進化ではないですか。これから、人類は、どんどん超能力を備えて行くだろうと思っています」 「そうだといいけど」 明人は、自分の超能力観を、熱心に由香子に話した。 由香子は、運ばれてきた定食を食べながら、それに相槌を打ちながら聞いていた。
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