20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:秘めた力 作者:三日月

第4回   4
 日本の防衛省の中に、ある小さな部署がある。
 そこは、超能力を専門に扱っている、知られざる場所だった。
 防衛省の中でも、知っている人は少ない。
「能力開発部」
 という、何の変哲もない名前が、その部署には付いていた。
 能力開発部に所属する人間は三人だった。
 部長の磯貝太郎、その部下である飯島金雄、古田康之の三人である。
 その三人の元には、日本国内に存在する超能力者の情報が全て集められていた。
 なぜ、防衛省に超能力者を調査する機関があるのかといえば、もしかすると、超能力者が国家の防衛に役立つのではないかと考えた人がいたからである。
 その人は、田川光男という防衛省の役人だった。
 将来は、防衛省のトップに立つ可能性のある人物ともっぱらの評判だったが、二年前に防衛省を退職し、今は国会議員になっている。
 そのうちに、防衛大臣を目指すつもりでいるらしい。
 田川光男と磯貝太郎は、密接に連絡を取っていた。
 この能力開発部を主導しているのは、磯貝ではなく、田川だった。
 磯貝の言葉は、田川の言葉であると言っていい。

 防衛省能力開発部に集まる情報は、もっぱら、浜中人材能力研究所の収集した研究資料を元にしていた。
 防衛省は、浜中人材能力研究所に資金提供をする代わりに、研究資料を提供してもらっている。
 現在、研究所で生活をしている三人の超能力者の情報も、逐一、能力開発部に報告されている。
 中でも、坂本卓也の透視能力に、磯貝は興味を持っていた。
 彼の透視能力により、敵国の情報がわかれば、偵察衛星もスパイもいらない。
 もしかすると、警戒のためのレーダーまでもが、不要になるかもしれないのである。
 しかし、今のところ確実な透視能力を持つ人物は、彼一人しか確認されていない。
 それと、まだ十八歳と若いので、もう少し、成長を待つつもりである。

 浜中人材能力研究所が設立されてから、十年が経つ。
 その十年の間に、研究所が本物の超能力者だと確認したのは、全部で十五人である。
 しかし、その中の大半は、研究の段階にも上らない、微弱な能力に過ぎなかった。
 現在、研究所にいる三人は、その中でも選ばれた人間である。
 彼らにも、研究所を介してだが、防衛省からお金が出ている。
 十分な報酬が、彼らには支払われていた。
 しかし、もう一人、未知数の能力を秘めているかもしれないという報告を受けている人物がいた。
 それが、笠原由香子である。
 彼女がなぜ、研究所を出てしまったのか、その事に関する詳しい情報は、報告書の中には無かった。
「彼女の個人的な事情により」
 と、短い文章が書かれているだけだった。
 防衛省による超能力の研究は、まだ、周囲に認知をされていない。
 それほど、強引な手段を取るわけには行かないので、とりあえず、笠原由香子の事は、彼女の自由に任せている。
 しかし、彼女の行動は、逐一、監視されていた。
 そのために、一人の人間を付けてある。
 彼女の行動を監視しているのは、防衛省能力開発部に所属する女性で、花田栄子という名前である。
 花田栄子は、笠原由香子を、離れた距離から監視していた。
 もちろん、笠原由香子には気づかれないように、細心の注意を払っていた。

 花田栄子が定期的に送って来る報告書は、何の変哲もないもので、笠原由香子は、超能力を秘めたまま、普通の生活を送っているらしい。
 古田康之は、花田栄子の報告書に目を通しながら、超能力者が、自分の能力を秘めたままで、そのまま普通の生活を送れるものだろうかと思っている。
 自分の能力を、他人に披露したいという欲求にかられたりはしないのだろうか。
 自分は特別であるという優越感を持ったとしても不思議ではない。
 笠原由香子は、昔、その超能力を披露してテレビに出ていたことがある。
 その事は、康之もよく知っていた。
 あれもやはり、優越感の現れだろうか。
 康之がこの能力開発部に配属されて一年が経とうとしている。
 康之本人は、まだ、実際に超能力者に会った事がない。
 一度、浜中人材能力研究所にも、足を運んでみたいと思っている。
 しかし、防衛省の人間として、その研究所に直接、顔を出すことは禁止されていた。
 あくまでも、防衛省とその研究所とのつながりは非公式なものである。
 それを公にするのは、何かと都合が悪いという考えが、上の方にはあるらしい。

 休日を利用して、康之は、花田栄子に会いに行く事にした。
 仕事以外で、康之はこれまで栄子に会った事がない。
「日曜日に、個人的に会って欲しいと思っている」
 と、康之は栄子に電話をした。
 栄子は、驚いたようだったが、特に予定もないので、構わないと返事をくれる。
 栄子の住んでいるのは静岡のある町で、そこに、笠原由香子も住んでいる。
 とりあえず、笠原由香子に接触をするわけにはいかないだろうと思う。
 日曜日、康之は早朝から車で静岡に出かけた。
 富士山の見える、景色のいい町に、康之は二時間で到着した。
 初めて来る町だったが、康之は、住所を頼りに、栄子と待ち合わせをしているコンビニエンスストアに向かった。
 同じコンビニエンスストアの店舗がいくつかあるので、康之は注意をして探す。
 指定された住所の交差点で、コンビニを見つけて、康之は車を駐車場に止めた。
 待ち合わせの時間は、午前十時という事になっている。
 まだ少し、時間があった。
 コンビニの中に入り、週刊誌を立ち読みしていると、花田栄子が店の中に入って来た。
 十時少し前で、時間には正確である。
「すみません。東京から、わざわざ」
 栄子は言う。
「いいえ。これは、僕の勝手なお願いだから」
 康之はそう言うと、栄子と一緒に店を出る。
 康之は栄子を車に乗せた。
 しばらく、車を走らせながら雑談をした。
 そして、切りのいいところで、本題に入る。
「最近、笠原由香子の様子は、どういう感じ?」
「特別に、変わりはありません。報告書に書いてある通りです」
「毎日の観察から、超能力の気配はあるの?」
「いいえ。全く、感じません。至って、普通の生活をしているようです」
「一度、会ってみたいと思うのだが、それは、無理だろうな」
「そうですね。控えた方がいいと思います」
 康之は、笠原由香子の生活範囲を案内してもらう事にする。
 まずは、笠原由香子の住んでいるアパートに向かった。
 アパートは、住宅地の中にある。
 二階建てで、まだ、外観は新しい。
「あのアパートの、二階の右端が、笠原由香子の住んでいる部屋です」
「一人暮らしか」
「そのようですね」
 日曜日の朝である。
 彼女は今、部屋の中に居るのかもしれない。
 彼女の勤める会社は、アパートからそれほど遠くない場所にあった。
 小さな、町工場である。
「会社の人たちは、笠原由香子が超能力者だということを知っているの?」
「知っている人が多いようです。彼女は、有名人ですから」
「やはり、彼女は、人前で超能力を使うことはないのか」
「そのようですね。彼女の超能力を見た人間は、周囲にはいないようです」
「彼女が、親しくしている人というのは」
「それほど、多くはないようです。プライベートで親友と呼べる人間は、確認されていません。会社の中で親しくしているのは、加納愛子、山田孝太郎の二人ですね」
「その二人も、彼女の超能力は見ていないということか」
「そのようです」
「その二人とも、会うわけにはいかないだろうな」
「そうですね。控えておいてください」
 笠原由香子は、アパートと会社の他は、特に、どこに出かけるということもないようである。
 あまり目立たない、ひっそりとした生活を送っているようだった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2686