青野四郎の仕事は、本当に雑用をこなす事だった。 研究スタッフの頼みで軽作業をしたり、研究所や、その周囲の掃除をしたりする。 時には、三人の超能力者の相手も頼まれた。 彼らと雑談をしたり、一緒に遊んだりもする。 超能力者といっても、普通の人間とそれほど変わりはない。 時折、発揮する能力の他は、至って普通の人間である。 しかし、精神感応能力を持っている早川美香だけは、自分の能力のコントロールが難しいようで、時折、情緒不安定になるようだった。 美香が言うには、自分の感情と、他人の感情との区別がつかなくなる時が、時々あるという事である。 美香の精神感応能力は漠然としたものだが、その漠然としているところが、逆に、自分と他人の区別をつけづらくしているのかもしれない。 美香は、部屋の中で、一人で過ごす事が多かった。 四郎は、美香の話し相手も務めた。 美香の生い立ちも、四郎は聞いた。 美香は、物心ついた時から、自分の精神に違和感を持っていたらしい。 もっとも、それを自覚するようになったのは、もっと成長をしてからのことだという事である。 美香は小さな頃から、無意識のうちに、人を避けるようになっていた。 あまり他人と喋ることもなく、孤独な少女時代を過ごしたらしい。 中学生の時に、美香は登校拒否になった。 ますます、神経が過敏になっている時期だったようである。 美香がこの研究所に来ることになったきっかけは、親に連れられて行った病院の精神科の先生に紹介をされたからだった。 浜中人材研究所は、全国の病院に関係を持っているようだった。 ちなみに、美香の住んでいたのは、九州の鹿児島である。
美香の能力は、成長と共に、徐々に強くなっている。 と、研究スタッフの一人である佐原が言った。 具体的な状況は、四郎にはよくわからない。 四郎は、美香と一緒にいると、何だか、心地良い感じがする。 それが美香の力なのかどうかは、わからない。 四郎の精神状態が安定をしていれば、美香の精神状態も安定をしているようである。 精神が同調しているのだろうか。 時折、四郎も感じることがあった。
「美香ちゃんのこと、時々、外に連れ出してもらえないだろうか。時には、気分転換をさせるのも、いいと思う」 佐原の頼みで、四郎は時折、美香を散歩に連れ出した。 もちろん、それは美香の精神が安定をしている時に限られる。 人の多い場所は、出来るだけ避けることにした。 その方が、美香の精神にも良いと思った。 研究所のある場所は、民家の少ない郊外である。 田園風景や、野原の中の小道を散策した。 時折、誰か通行人が近くに来ると、美香は無口になる。 何かを感じているのだろうと四郎は思った。 美香の精神状態は、四郎にはよくわからない。
一人だけ、美香が心を許していた人物が居たと佐原が言った。 それは、以前、この研究所に居たことがある超能力者で、名前を笠原由香子と言った。 四郎はその名前に聞き覚えがあった。 そして、すぐに、それが誰だか思い出す。 「もしかして、テレビに出ていた、あの女の子ですか」 「その通り。うちの研究所が手を回して、一時、研究所で調べさせてもらった事がある」 「しかし、彼女の能力は、トリックだったとテレビで放送されていたように思いますが」 「それは、世間の目を欺くための嘘だよ。彼女を、マスコミから引き離してしまう必要があったので、そういう手を打つことにしたというわけだ」 笠原由香子は、テレビではサイコキネシスを披露していた。 その頃、小学生だった四郎は興味深く、彼女の出ていた番組を見たものだったが、それがトリックだと証明されて、がっかりとした思い出がある。 しかし、それが嘘だったという事は、彼女の能力は確かなものらしい。 「それで、研究の成果はどうだったのですか」 「それが、よくわからない。彼女は自分を研究対象として見られることをあまり望んではいなかったようで、力を十分に発揮して見せてはくれなかったようだ」 「でも、彼女の能力が本物であることは確か、と言うことですよね」 「それは、その通りだ。しかも、彼女の秘められた能力は計り知れないと、研究所では睨んでいる。また、機会があれば、彼女をここに呼ぶつもりだ」 その時は、僕も会わせてくださいと四郎は言った。 しかし、それは、彼女の希望によるところだからと、あまりいい返事はしてもらえなかった。
美香と笠原由香子がどういう関係だったのか、四郎は興味を持った。 単なる女性同士というわけで、仲が良かったというわけでもないだろう。 「ここに、笠原由香子という人が居たそうだね。有名人だよね。僕も、テレビで見ていて、よく知っている」 「いい人でした。私も、良くしてもらいました」 「彼女もやはり、本物の超能力者だったようだね」 「あの人の力は、今、研究所に居る私たち三人とは比べものにならないと思います。テレビで有名になったサイコキネシスだけではなく、他の能力も持っているのではないかと、私は思っています」 「彼女から、何かを感じたの?」 「あの人からは、何も感じませんでした。それが、私には楽でした。多分、あの人には私と同じ能力もあるのではないかと思います」 「精神感応能力か。でも、テレビでは、披露してなかったと思うけど」 「研究所でも、あの人は、何も言いませんでした。私も、彼女の気持ちを察して、何も言いませんでした。この場合、私は、普通の人と同じように、気持ちを察しただけです」 「なるほど。そういうことか」 「ですから、青野さんも、秘密にしてください。約束です」 「わかった。誰にも言わない」 四郎は、笠原由香子に興味を持った。 この研究所に居れば、そのうちに会う機会もあるかもしれないと思った。 なぜ、笠原由香子は研究所を出てしまったのだろうと思う。 やはり、自分が実験対象になることが耐えられなかったのか。 社会に戻り、今はどういう生活をしているのだろうかと思う。 超能力は、秘めたままなのだろうか。
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