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作品名:秘めた力 作者:三日月

第1回   1
 十数年前に、超能力者としてマスコミを騒がせた少女がいた。
 当時、十六歳の高校生で、名前は笠原由香子といった。
 いくつかの放送局の超能力を扱った特番に出て、サイコキネシス、つまり、念動力を披露していた。
 スプーンを曲げたり、鉛筆を転がしたり、カメラの前で、簡単な、しかも、ありふれた超能力を、司会者の言うままに披露する。
 それが、観客や視聴者の関心を誘った。
 しかし、それから半年が過ぎた頃、笠原由香子の超能力はインチキだったとある番組で特集され、一気に、笠原由香子に対するバッシングが始まった。
 笠原由香子は、それから間もなく、マスコミから姿を消した。
 そして、笠原由香子は、世間の人々の記憶から消えて行った。

 山田孝太郎が、その笠原由香子の名前を再び耳にしたのは、三十歳の時に転職をした先の会社での事だった。
 小さな町工場だったが、その会社で事務をしている女性の一人が、笠原由香子という名前だった。
 孝太郎は、その名前に聞き覚えがあったが、どこで聞いたのか、すぐに思い出すことは出来なかった。
 ずっと、頭の中に引っ掛かってはいたのだが、どうしても、思いだす事ができない。
 そして、会社に入ってから数週間が経った頃、孝太郎は、由香子と二人で話す機会が訪れた。
 昼休み、孝太郎は近くの定食屋に昼御飯を食べに出かけていたが、その日、その定食屋に珍しく由香子が昼御飯を食べに来た。
「山田さんは、いつもここなの?」
 と、由香子は、孝太郎の前に座った。
「私は、いつも部屋に帰って食べているけど、たまには、ここにも食べに来るのよ」
 由香子は言う。
 しばらくは、二人で雑談をしながら食事をした。
 しかし、孝太郎の頭には、どうしても名前のことが残っていた。
 孝太郎は、思い切って、聞いてみることにする。
「笠原さんの名前、昔、どこかで聞いたような記憶があります」
「昔、どこかで? それは、多分、そうでしょう。そうかもしれませんね」
 由香子は、そう言いながら、目を逸らす。
 何か、心当たりがあるらしい。
 どういう事だろうかと、孝太郎は思った。
 孝太郎が、由香子の顔を見ていると、由香子は観念をしたように話し出す。
「実は、私、昔、テレビに出ていたことがあります」
「芸能人だったのですか」
「そういうわけでは、ないですけど」
「じゃ、どういう訳で、テレビに?」
「超能力に、興味あります?」
 由香子の言った、その一言で、孝太郎は何かが弾けたように、頭の中に過去の記憶が浮かんだ。
 笠原由香子。
 あの、超能力少女である。
「まさか。本物?」
 孝太郎は、思わず、そう聞いた。
 由香子は、曖昧に微笑む。
 孝太郎は、当時の記憶を呼び起こす。
 超常現象の番組は大好きで、よく見ていた。
 笠原由香子の出ていた番組も、当然、その中の一つだった。
 そして、問題の、あの番組の事も思い出す。
 笠原由香子は、その超能力のトリックが暴かれて、テレビから姿を消したはずだった。
 孝太郎も、そのまま、笠原由香子のことを忘れていた。
「確か、笠原さんの超能力は、インチキ……」
 孝太郎は、そう言いかけて、言葉を飲む。
「いいのよ。あの、インチキ騒ぎね。当時は、随分、騒がれたから」
「やはり、インチキだったのですか? 笠原さんの超能力」
「どうだろうね。この話は、もう人前ではしないつもりだったから」
「僕は、偏見は持ちませんよ。それと、他の人に言いふらしたりもしません。口は堅い方ですから」
「でも、興味はあるのよね。やっぱり、超能力だから」
「確かに、そうでないと言えば、嘘になります。僕は超能力とか、超常現象とか、大好きですから」
「あの当時は、私も好奇の目で見られたものです。それが、嫌でもあり、また、返って、嬉しくもありましたけど」
「そういうものですか。有名人というものは」
「注目を浴びるというのは、やっかいなものです。私も学びました」
「それで、結局のところ、笠原さんの超能力は、本物ですか。それとも、偽物ですか」
 由香子は、少し間を置いて答える。
「本物よ。実は、あのインチキ騒ぎは、私が望んで、作り出したものなの。ある条件と引き換えに」
「ある条件とは、何ですか」
「私の超能力を研究したいというところがあって、そこが手を回してくれたのね。詳しいことは知らないけど、それが、ああいう結果になったということ」
「なるほど、そういう事情があったのですか。それで、研究の結果、どうなったのです?」
「その研究がどうなったのか、私も知らない。私はただ、言われた通りに、超能力を使っていただけだから」
「今もまだ、超能力は、使えるのですか」
「使えるわよ。もう、人前で使うのは止めたけど」
「それがいいですよ。好奇と恐怖の目で見られるだけですから」
「山田くんは、どう? 私のこと、どういう目で見るの?」
「僕は、変わりませんよ。超能力があっても、ただ、普通の人と同じです」
「そう言ってもらえると、嬉しいかな」
 その日は、笠原由香子の超能力を目にすることはなかったし、孝太郎は、
「見せてくれ」
 と、要求することもなかった。
 その内、自然に見せてくれる時もあるだろうと、孝太郎は思った。


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