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作品名:窓辺の風景 作者:三日月

最終回   2
 正人はもちろん、プロ野球の選手を目指していた。
 しかし、高校三年の夏、甲子園での試合が終わった直後に、ちょっとした不注意から交通事故に遭い、右腕と左足、肋骨を骨折し、それまでのようなピッチングが出来なくなってしまった。
 プロの野球選手としての夢はそこで断たれてしまったわけで、正人は、きっぱりと、野球から足を洗った。
 草野球の経験も無い。
 投げるのは、それ以来の事だった。
 全盛期の球は投げられないが、素人には打たれない自信がある。
 しかし、本気で投げる気にはなれなかった。
 軽く力を抜き、キャッチャーに向かって、一球を投げる。
 正人は、男たちの視線を感じた。
 それが、心地良いものであることは確かだった。

 野球をしていると、周囲に見物人が、数人、集まって来た。
 正人は、彼らの視線も受けながら、球を投げる。
 そして、その見物人の中に、あの女性の姿を見つけた。
 窓辺の景色の中にいた、あの女性である。
 女性は、野球をしている男の一人と知り合いらしく、二人で並んで、親しそうに話をしていた。
 正人は、その女性の興味を引こうと、一球、全力で腕を振った。
 その瞬間、右腕の肘に激痛が走る。
 球は、キャッチャーの上方に大きく外れた。
 やはり、全力投球は無理である。
 少し、歯がゆい思いがした。

 野球は、昼前に終わる。
 一緒に昼飯を食べに行こうと相川に誘われたが、正人はそれを断わり、アパートの部屋に戻った。
「今日は、ありがとう」
 相川は別れる時に言った。
「いや。俺も、楽しかったし」
 正人は、そう答える。
 昼食にインスタントラーメンを食べ、また、窓辺に座り、文庫本を手にした。
 しかし、そこでまた、ドアをノックする音がした。
 また、誰が来たのだろうと思い、立ち上がる。
「誰ですか」
 と、声をかけると、
「私よ」
 と、女性の声で返事が帰って来た。
 それが、川島博美の声だということは、すぐにわかった。
 ドアを開けると、博美が中に入って来る。
「どうした」
 と、正人が言うと、
「振られたの」
 と言って、博美は泣き出した。
 泣かれたところで、正人にはどうしようもない。
「まあ、そのうち、新しい男が出来るよ。それまで頑張れ」
 と、正人は博美を励ます。
 実は、このような光景は三度目で、正人も慣れたものだった。
 博美はしばらく泣いた後、一時間ほど愚痴をこぼし、自分のアパートに帰って行った。

 二時間ほど昼寝をして、夕暮れ時、また窓辺に座った。
 川辺には子供たちの姿が見えた。
 長い柄のついた網を持ち、魚でもすくっているようである。
 しばらく、そのまま景色を眺めていると、あの女性が、自転車に乗って川辺の道を通りかかった。
 いつものように、その姿を窓から眺める。
 すると、女性は、ふと正人の方を見上げて、軽く会釈をした。
 正人は驚き、慌てて会釈を返した。
 誰にでもする自然の行動なのか、それとも、朝の空き地で自分を見て、同一人物と気がついてくれたのか、それは、わからない。
 女性は、正人の会釈に笑顔でこたえると、そのまま、南に自転車で通り過ぎて行った。
 正人はさわやかな気持ちになり、また、明日から頑張ろうと、夕暮れの景色を見つめていた。

 


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