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作品名:窓辺の風景 作者:三日月

第1回   1
 永井正人は、木造二階建てのアパートに暮らしている。
 部屋は四畳半の和室が二つで、風呂もトイレもついていた。
 南向きに窓があり、川が流れ、緑が広がる、なかなか落ち着いた、綺麗な景色で、正人はそこが気に入っていた。
 休みの日には、一日、その窓から外を眺めている時もある。
 晴れの日だけでなく、曇りの日も雨の日も、またいいものである。

 正人には、女の友達がいた。
 学生時代からの付き合いで、今も近くに暮らしている。
 恋人というわけではない。
 男女の間に友情は存在しないという人もいるが、正人と彼女とは、純粋な友達だった。

 女性の名前は、川島博美という。
 彼女も、近くのアパートで一人暮らしをしていた。
 互いに、互いの部屋を行き来する仲である。
 しかし、近頃、博美が部屋に来ることはなかった。
 博美にも、恋人が出来たらしい。
 恋人が出来れば、いかに友達とはいえ、他の男と付き合うのは控えるものだろう。

 正人にも、想いを寄せている女性がいる。
 それは、この窓辺の景色の中に、時々、現れる女性である。
 近くに住んでいる女性だろう。
 時折、自転車で川辺の道を通って行く。
 長い髪が、風に揺れる。
 名前も知らない。
 もちろん、声をかけたこともない。
 いつも、窓からその姿を眺めるだけである。
 今のところは、それで十分、満足だった。

 日曜日の朝。
 正人は、窓辺の壁に背中でもたれ、文庫本を読んでいた。
 開け放した窓からは、心地良い風が入って来る。
 空には雲が多いが、その雲の間からは、青い空が覗いていた。
 トントンと、ドアをノックする音がした。
 誰が来たのだろうかと、正人は文庫本を置くと、窓に手をかけて立ち上がる。
「どなたですか」
 正人は、中から声をかける。
「相川だ。開けてくれ」
 相川徹は、正人の友達の一人である。
 相川が、この部屋を訪ねて来るとは、珍しい。
 正人は、ドアを開ける。
「どうした。日曜日の朝から」
「まあ、ちょっと、上げてくれ」
 相川は、さっそく靴を脱ぎ、部屋の中に上がり込む。
「永井、今日は暇か」
「暇だけど、どうした」
「これから、出かけないか。ついて来てもらいたいところがある」
「いいけど、どこに行くつもりだ」
「来れば、わかる」
 正人は、相川と一緒に部屋を出る。

 正人と相川は、川沿いの道を歩いた。
 風が、南から吹いて来る。
 どこに行くのか知らないが、相川は黙々と歩く。
 川沿いの道を外れ、畑の中の道を歩いた。
 歩くこと三十分。
 相川がつれて来たのは、何もない更地の広がる場所だった。
 相川は、何かを探すように、辺りを見回す。
「ここに、何がある?」
「まあ、少し待て」
 待つこと五分。
 一人、二人と、野球のユニフォームを着た男たちが、そこに集まって来た。
 正人の知らない男たちである。
「どういうことだ」
「少し、肩慣らしをしないか」
「俺に、投げろと言うのか」
「素人相手だ。気楽にやれよ。それとも、プライドが許さないか」
「そういうわけじゃない。投げろと言われれば、投げてもいい」
 空き地には、十数人の野球好きが集まって来た。
 相川が、その男たちの中に入って行く。
 正人は、かつて、甲子園に出場をしたことのあるエースピッチャーだった。
 当時の報道では、全国屈指の好投手と騒がれたものである。
 集まって来た男たちは、当然、永井正人のことを知っているようだった。
 男たちが、正人のところに集まって来る。
「永井さんですか? 本物ですよね」
「投げてもらえませんか。お願いします」
 彼らは、口ぐちにそう言って、正人に迫る。
 正人は仕方なく、ボールを手にした。
 男たちは歓声を上げ、それぞれに散って、守備についた。


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