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作品名:喫茶店で。 作者:三日月

最終回   1
 喫茶店「藤島」に、葉山信二は、時々、足を運ぶようになった。
 高校生の頃までは、結構、真面目に生活をしていたので、一人で喫茶店に行くことなど全く無かった。
 喫茶店のテーブルに、一人で座ってコーヒーを飲む。
 先輩の神崎珠代は、土曜日と日曜日に、ここでウエイトレスのアルバイトをしているようだった。
 信二の目当ての一つは、この神崎珠代でもあった。
 もしかすると、恋心を持ってしまったのかもしれない。
 日曜日の午後である。
 信二は、その日も、喫茶店「藤島」に居た。
 珠代が、注文をしたコーヒーを持って来てくれる。
「葉山くんは、どこに住んでいるの」
「僕は、宮脇町です」
「出身はどこ」
「岡山です」
「私は、九州の大分よ。今は、幸町に住んでいるの」
「そうですか」
 店に客は、それほど多くはなく、雑談をするのは自由だった。
「神崎さんは、どうしてこのサークルに入ったのですか」
「サークルって『ユートピア』のことね。私もやっぱり、根暗で消極的で、人づき合いがあまり得意な方じゃなかったから。大学に入ってサークルをどうしようかと思っていたところで、あのチラシを見かけて、興味を持ったから」
「僕と同じですね。僕も、人づき合いは、あまり得意ではありませんから」
「私たちのような性格は、世間では不利よね。就職活動なんか、どうしようかと思っているけど」
「就職活動ですか」
「四年生になると、就職活動が始まる。面接では、明るく、積極的に、ハキハキと話し、やる気を見せるのは基本だから。そういうのは、苦手」
「そうですよね。僕も同じです」
「サークル『ユートピア』に所属していた先輩たちは、就職活動はどうしていたのでしょうね。話は聞いたりしていませんか」
「話は、聞いているわよ。結構、先輩たちも、苦労しているみたい」
「そうですか。でも、まだ先の話ですから、これから、ゆっくりと考えて行きたいと思います」
「あまり、ゆっくりとしていると、あっという間よ。就職活動までの時間は」
「ですか」
 サークル「ユートピア」のメンバーは、皆、時々、この喫茶店に足を運んでいるようだった。
 信二がそこに居ると、時折、他の人たちが店に来ることもあった。
 その日は、リーダーの宝田稔が店に来た。
「葉山くんも居たのか」
 稔は、信二と同じテーブルに座る。
「葉山くんは、よくここに来てくれるの。お店の売上に、貢献してくれているのよ」
「そうなのか。それは、いいことだ。サークルとしては、ここが潰れると困るからな」
「潰れないわよ。そう簡単には」
 稔と珠代が、仲良く話す。
 信二は、少しだけ、嫉妬のようなものを感じた。
「今度の土曜日、また映画でも見に行かないか。良かったら、葉山くんも、どう?」
 稔が言う。
「映画ですか。いいですね」
「じゃ、来週の土曜日。また、ここに集合しよう」
 稔もまた、コーヒーを頼む。
「宝田さんは、どうしてこのサークルに入ったのですか」
 信二は、同じ質問を稔にしてみた。
「どうしてって、面白そうだと思ったから」
「どこが、面白そうだと思ったのですか」
「やはり、常識を外れているところかな。何事も、常識のままだと、面白くない」
「あのチラシにあった文句ですよね。『根暗な人、やる気のない人、歓迎』というやつ」
「常識とは、反対だよね。『明るい人、やる気のある人、歓迎』というのが普通だけど」
「先程も、神崎さんと話していたのですが、就職活動など、そうですよね」
「そうだな。就職活動では、演技力が問われることになる」
「宝田さんは、どういったところに就職を希望しているのですか」
「僕は、特別、こだわりはないよ。今のままの僕で、採用をしてくれるところがあれば、どこでもいい。心にもない演技をしてまで、会社に採用してもらおうとは思わない」
「でも、それで、どこにも採用してもらえなければ、どうするのですか」
「それは、それで、仕方がないよ。僕は、社会に必要とされていなかったということだ」
「でも、それでは、寂しくありませんか」
「僕は、自分を偽って生きて行くよりも、自分に正直に生きたいと思っている。それで、駄目なら、仕方がないよ」
 稔は、どこか、何かを悟っているようでもあった。
 自分には、それはとても出来ないことであると信二は思う。
 信二は、稔とコーヒーを飲んだ。
 この店のコーヒーは、結構、気に入っている。
「葉山くん、何か、アルバイトは」
「いいえ。僕は、まだ。近いうちに、何かを始めようとは思っています」
「アルバイトは、大学生活の中で、いい経験になると思うよ。とりあえず、何事も経験をしてみるのは、いい事だと思う。大学生活の四年間は、楽しい時代にしないとね」
「ありがとうございます」
 信二は、なぜか礼を言った。
 それから、来週の土曜日に見に行く映画の話を、三人でした。
 多分、これもサークル活動の一環なのだろうと信二は思った。

 


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