四月になると、新学期が始まる。 大学の構内では、サークルの新入生獲得合戦が激しい。 葉山信二は、この大学に入学したばかりの新入生である。 サークル活動というものにはあまり興味がなく、勧誘活動をする上級生たちを、出来るだけ避けて構内を歩いた。 そもそも、団体行動は嫌いで、中学の時も高校の時も、部活動には入っていなかった。 自分は根暗で、テンションも低いということを自覚していたので、あまり自分から集団の中に入って行くことは好まなかった。 しかし、大学には、たくさんのサークルがあるものである。 勧誘活動は避けていても、興味が全くない訳ではないので、構内の壁に張られたチラシなどは、見るともなしに、歩きながら眺めていた。 すると、ある日、信二はそのチラシの中に、奇妙な物を見つけた。 「根暗な人、やる気のない人、歓迎」 信二は、そのチラシの前に、立ち止まる。 「サークル・ユートピア」 と、そこには書かれていた。 「興味のある人は、四月二十五日の日曜日。午後二時。喫茶店『藤島』まで」 何をするサークルなのだろうと、信二は思った。 サークルの活動内容がわからない。 しかし、 「根暗な人、やる気のない人、歓迎」 という、宣伝文句は気に入った。 まるで、自分に誘いをかけているかのようである。 サークル活動にはあまり興味がなかったが、少し、心を惹かれた。 喫茶店「藤島」とは、どこにあるのだろうかと思う。 四月二十五日までは、まだ時間がある。 信二は、暇の時に、大学周辺を回ってみることにした。
喫茶店「藤島」は、なかなか、見つけることが出来なかった。 町の中を自転車で走り回り、ようやく見つけたのは四月二十三日のことである。 喫茶店「藤島」は、大学から見て西側の大通りを少し北側に入った、裏通りにあった。 店の前に、小さな看板が出ている。 ここで間違いはないだろうと思ったが、信二は一度、中に入ってみることにした。 入口を開けると、鈴が鳴った。 「いらっしゃいませ」 と、女性の声がする。 店内は広くはない。 テーブルが三つに、カウンターに席がある。 信二は、一番手前のテーブルに座った。 「いらっしゃいませ」 と、ウエイトレスが、水と御絞りを持って来る。 「ここは、喫茶店『藤島』ですよね」 と、信二は聞いてみる。 「そうですよ。もしかして、新入生?」 「はい」 「もしかして『ユートピア』の参加希望者?」 「いえ……」 信二は驚いた。 なぜウエイトレスが、そのことを知っているのだろう。 「私は、城下大学文学部二年の神崎珠代。私も『ユートピア』のメンバーよ。興味があれば、二十五日にも来てよね。待っているから」 その日は、とりあえず、ジュースだけを飲んで店を出た。 ウエイトレスはかわいらしい人だった。 ああいう女性と知り合いになれるのなら、サークルに入ってもいいかと思った。
二十五日、午後二時。 信二は喫茶店「藤島」に向かった。 少し、緊張している。 サークル「ユートピア」という、全く知らない環境に足を踏み入れるのだから、当然のことだろう。 勇気を出して、店の中に入る。 「いらっしゃいませ」 と、この間と同じ、女性の声がする。 神崎珠代の声である。 「来てくれたのね。こっちに座って」 珠代は、信二を、奥のテーブルに座らせた。 そこには一人の男がいる。 「君が、神崎さんの言っていた新入生か。サークルに興味があって、来てくれたの?」 「はい、まあ」 「とりあえず、サークルの説明をしようか。入るのか、入らないのかは、それから決めればいい」 「はい」 「うちのサークルは、これといって活動はしない。とりあえず、毎月最終日曜日の午後三時から、メンバーはここに集まることになっている。集まったからといって、特に何をするわけでもない。来たくなければ、来なくてもいいし」 「はあ」 「うちのサークルは、緩やかな集合体といったところかな。メンバーに強制をすることは何もない。自由にしていてくれればいいから。こちら側から、強制的に除名をするということはしないよ」 「はい」 信二には、どうもサークルの実態がつかめなかった。 それは、相手の男も察しがついているらしい。 「とりあえず、興味があれば、月の最後の日曜日、午後三時にここに来てみればいいよ。サークルに参加するもしないも、強制はしないから、安心して」 「今日も三時から、ここでサークルの集会があるのですか?」 「集会というほど、大袈裟なものではないよ。よければ、君も残ってみればいいけど、どうする?」 信二は、少し考えて、残ってみることにした。 どういう会合なのか、見てみるのもいいと思う。 「自己紹介が遅れたけど、僕は、サークルのリーダーをやらせてもらっている宝田稔。法学部の三年だ。よろしく」 「僕も、法学部です。葉山信二といいます」 一応、挨拶をした。 宝田稔と名乗った人は、なかなか、優しそうな人で安心した。 これなら、サークルに参加をしてもいいかと思う。
午後三時頃になると、二人の男が店の中に入って来た。 稔は、その男たちを、信二に紹介した。 「教育学部三年の大沢君夫だ。それと、もう一人は、経済学部二年の平田俊之」 二人は、それぞれ、信二に会釈をした。 信二も会釈を返す。 「サークルのメンバーとしては、後二人。文学部二年の斎藤恵理子と、経済学部二年の本多宏がいるけど、今日は来ないのかな」 宝田稔と神崎珠代を加えると、サークルのメンバーは全部で六人ということである。 これで、何をしているのだろうかと思う。 「サークルの活動というのは、何をしているのですか」 信二は聞いてみる。 「特別に、何もしない。こうやって気楽に集まるのが、活動といえば活動かな」 「それで何か、メリットがあるのですか」 「メリットというのは、別に無いと思う。強いていえば、サークルに参加しているという満足感くらいかな。無所属でいるよりは、やはり大学生になったのだから、何か、サークルに参加したいという気持ちはあるだろう。しかし、団体行動は苦手だし、何事も、強制されるのが嫌だという人のためのサークルかな。ここに居るメンバーは、皆、そういった考えの持ち主だ」 「なるほど。わかりました」 まさに、自分には適しているようだと信二は思った。 信二は、サークルに参加をしてみることにする。 「一つ、聞いてもいいですか」 信二には、気になっている事が一つあった。 それを、聞いてみることにする。 「チラシにあった『根暗な人、やる気のない人、歓迎』というのは、どういうことだったのでしょうか」 「ああ、あれか。あれは、代々、うちのサークルに伝わっているキャッチコピーだよ。最初にこのサークルを作った人が考えたらしい」 「でも、ああいう文句では、人が集まりづらいのではないですか」 「それは、それでいい。世の中、明るい人、やる気のある人、積極的な人ばかりが尊ばれるものだけど、うちのサークルは、そうでない人でも、大切にしていきたいというモットーだよ。僕も自分のことを、明るくて積極的な人間だとは、思っていないからね」 なかなか、いい事を言う人だと、信二は思う。 自分の居場所は、ここにはあるような気がした。 信二は、サークルへの参加を申し込んだ。 まさか、大学で、自分がサークルに入るとは思わなかった。
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