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作品名:サークル「ユートピア」 作者:三日月

第1回   1
 半年前に一人娘が嫁に行き、部屋が一つ空いてしまった。
 娘の嫁ぎ先は北海道で、家に帰って来ることは、滅多にないだろうと思う。
 藤岡辰三は、妻の春江と、誰か下宿人でも置こうかと相談した。
 部屋代は月に二万円程度が妥当だろう。
 食事は、希望があれば、食べさせて上げてもいい。
 家の前の電柱に、張り紙をすることにした。
「入居者募集。八畳一間、和室あり」
 画用紙に、マジックで書いてみる。
 雨が降ると濡れてしまうので、それをナイロン袋に入れて、家の前の電柱に張った。
 それから、一週間が経った頃、一人の若い男が、張り紙を見て家を訪ねて来た。
「部屋を貸してもらいたいのですが」
 応対に出た辰三に、男が言った。
「失礼ですが、身分証明書があれば、見せてもらえますか」
「これは、申し遅れました。私は、宝田稔と言います。城下大学の三年生です」
 男は、大学の身分証を差し出す。
 辰三は、それを確認した。
「城下大学、法学部、法学科、三年、宝田稔」
 と、そこには確かに書かれていた。
「今は、どこにお住いですか」
「今は、実家で両親と暮らしています。大学まで遠いもので、どこか、近くに下宿はないかと探していたところでした」
 確かに、ここから城下大学までは、電車に乗れば、駅で三つの距離である。
 学生がここに来るのは、不思議ではない。
 辰三は、稔に部屋を見せた。
 南側に窓があり、日当たりは結構、いい。
「気に入りました。ぜひ、ここに住みたいのですが」
 部屋を見て、稔が言った。
「うちとしては、構いませんよ。いつでも、好きな時に来てください」
 辰三は言った。
 宝田稔という男は、悪い人物ではなさそうだと、辰三は思った。

 それから三日後、稔は引っ越しをして来た。
 軽トラックの荷台に荷物を乗せ、友達が一人、手伝いに来ていた。
「大学の友達で、大沢と言います」
 稔は、友達を紹介する。
 大柄で体格のいい男だった。
「大沢君夫です。こんにちは」
 男は自己紹介をする。
「何か、運動をしているのですか」
 辰三は聞いてみる。
「高校までは柔道をしていました。全国大会にも出ましたよ」
「それは、それは。どうりで、強そうです」
「これは、どうも」
 君夫は、力仕事には持って来い、の男だろう。
 その日、荷物運びに、よく働いていた。
 稔の持ってきた荷物は、それほど多くない。
 引っ越しは、すぐに終わった。
 春江は、引っ越し祝いの食事の準備をしている。
「大沢さんも、食べて行ってください」
 春江は言った。
「ありがとうございます。ご馳走になります」
 大沢は、言った。
 台所には、豪華な食事が並んだ。
 春江は、料理が得意である。
 大抵の物は、何でも作ることが出来る。
 辰三と春江と、稔と大沢は、同じテーブルで、一緒に食事をした。
「何か、嫌いな物があれば、言っておいてくださいね。それと、何か食べたい物があれば事前に言っておいてください。作ってあげますから」
 春江は稔に言う。
「ありがとうございます。助かります」
 稔は言った。
 稔と大沢は、腹一杯に食事を食べると、荷台が空になった軽トラックを運転して、またどこかに出かけて行った。

 稔は大沢を助手席に乗せて、軽トラックを返しに、アルバイト先の鉄工所に向かった。
 平日、大学の講義が終わってから、午後の七時頃まで、その鉄工所でアルバイトをしている。
 鉄工所は、それほど大きなものではなかったが、従業員は、皆、仲が良くて、働きやすい環境だった。
「大学を卒業したら、うちで働くか」
 と、社長にも言われているが、それは、まだ先の話である。
 将来の就職というものを、それほど深く考えてはいない。
 大学では法学部法学科で勉強をしているが、それほど、法律に興味があるという訳ではない。
 同じ法学部法学科に通う学生仲間には、将来、公務員や法律家を目指して、熱心に勉強をしている者もいるが、稔は、それほど、勉強に熱心というわけではなかった。
 大沢は、教育学部の学生だった。
 大学を卒業したら、中学校の先生になるつもりだと言う。
 稔と大沢は、同じサークルの仲間だった。
 大学には、様々なサークルがある。
 大学から公認されたサークルもあれば、非公認のサークルもある。
 稔と大沢が参加しているサークルは、大学非公認のもので「ユートピア」という名前だった。
 これといって特別な活動をしているわけではないが、とりあえず、サークルということになっていた。
「そういえば、そろそろ、新入生のサークル勧誘を考えなければいけないな」
 大沢は言う。
 一応、サークルのリーダーは、稔ということになっている。
 四年生は就職活動のため、サークルに顔を出すことはあまりない。
 稔は先代のリーダーである四年生の青山茂に、リーダーの役目を譲られたのだった。
「特別、何もすることはないよ。これまで通りでいいだろう。別に、大勢の新入生を集めなければいけない訳ではないし」
「そうだな。メンバーが増えると、かえって面倒だということもある」
 鉄工所の前に到着し、軽トラックを止めた。
 稔と大沢は、軽トラックから降りる。
「ちょっと、挨拶をして来るから」
 と、稔は鉄工所の中に入って行った。
 大沢は、稔が出て来るのを待ち、二人で一緒に帰ることにした。


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