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作品名:裏目 作者:三日月

最終回   4
 会社が終わり、いつものように、僕は恋人の矢口瞳のところに電話をした。
「ありがとう。刑事の人、友達を助けてくれたみたいで」
「そうなの? 僕は何も聞いてないけど」
「昨日、マンションに来てくれたみたいよ。そのお陰か、毎日のように来ていたストーカーが、今日は、来なかったって」
「そう。それは、良かった」
 瞳との電話を終えると、僕は、大橋のところに電話をしてみる。
「昨日、例のストーカー被害の彼女のところに行ってくれたらしいな」
「ああ。ちょっと、思うところがあって」
「ありがとう。被害者の女性も喜んでいたそうだよ」
「そうか。それは良かった」
 やはり、友達の頼みを聞いてくれたのか、と僕は思った。
 いい友達である。

 課長からもらった三日間はすぐに過ぎた。
 その三日の間、大橋は、ストーカーの被害者三人の周辺を注意して警戒していたが、特に何事も、異常はないようだった。
 たった三日で結論を出すわけには行かないが、これ以上、一つのことに関わるわけにも行かない。
 また他に仕事に追われ始めて三日目、署に緊急の通報が入る。
「藤木町のマンションで傷害事件。被害者はそのマンションに住む若い女性。加害者の男性は、そのマンションの住民に取り押さえられた模様」
 大橋は、嫌な予感がした。
 同僚の飯田と一緒に、車で現場に向かう。
 現場は、清水絵里の住んでいるマンション。
 すでに、野次馬が数人、集まっていた。
 事件の現場は、階段の下。
 すでに救急車が来ていて、女性を運び込んでいるところである。
 大橋は、担架の上の女性の顔を覗いた。
 やはり、被害者は清水絵里だった。
 住民に取り押さえられていた男は、あの中原と名乗ったストーカー男である。
 現場は多くの血で染まり、犯行に使われたと思われる刃物も、そこに落ちていた。
 大橋と飯田は男の身柄を確保し、現場検証を他の警官に任せて、署に戻る。
 大橋は、感情を抑えられなかった。
 自分の行動が裏目に出たと思ったからである。
「なぜ、やった」
 大橋は、男に詰め寄る。
「一緒に死のうと思ったのです。彼女を殺して、僕も死のうと。それが、一番の幸せですから」
 男は言った。
 清水絵里は重体だったが、何とか、一命を取り留めた。
 数日経って面会が許されると、大橋は彼女の見舞に行った。
「すみません。私の軽率な行動のために、このような結果を招いてしまって」
 大橋は彼女に謝る。
「いいえ。あなたのせいではありません。でも、これで、あの男が逮捕されたのなら、もう安心できます」
 彼女は言った。
 気丈な女性のようである。

 大橋は中村に会った。
「失敗だ。もう少しで、取り返しのつかないことになるところだった」
「でも、仕方がないじゃないか。やるべき事は、やった訳だし」
「仕方がないじゃ、すまない場合がある。特に、相手の命がかかった場合は」
「今回が、その場合というわけか。でも、相手の命が助かって、良かったじゃないか」
「不幸中の幸いだったよ。被害者の彼女も、前向きにとらえてくれているようだ」
「後は、その彼女が元気になるのを、祈るばかりだな」
「できるだけ、後のフォローもしていくつもりだ。それが、今のところ、俺にできる唯一のことだから」
 刑事として一個人に深く関わるのはどうかとも思うが、これは人間としてしなければならない事だろうと大橋は思った。
 無視することは、できないのである。

 


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