会社が終わり、いつものように、僕は恋人の矢口瞳のところに電話をした。 「ありがとう。刑事の人、友達を助けてくれたみたいで」 「そうなの? 僕は何も聞いてないけど」 「昨日、マンションに来てくれたみたいよ。そのお陰か、毎日のように来ていたストーカーが、今日は、来なかったって」 「そう。それは、良かった」 瞳との電話を終えると、僕は、大橋のところに電話をしてみる。 「昨日、例のストーカー被害の彼女のところに行ってくれたらしいな」 「ああ。ちょっと、思うところがあって」 「ありがとう。被害者の女性も喜んでいたそうだよ」 「そうか。それは良かった」 やはり、友達の頼みを聞いてくれたのか、と僕は思った。 いい友達である。
課長からもらった三日間はすぐに過ぎた。 その三日の間、大橋は、ストーカーの被害者三人の周辺を注意して警戒していたが、特に何事も、異常はないようだった。 たった三日で結論を出すわけには行かないが、これ以上、一つのことに関わるわけにも行かない。 また他に仕事に追われ始めて三日目、署に緊急の通報が入る。 「藤木町のマンションで傷害事件。被害者はそのマンションに住む若い女性。加害者の男性は、そのマンションの住民に取り押さえられた模様」 大橋は、嫌な予感がした。 同僚の飯田と一緒に、車で現場に向かう。 現場は、清水絵里の住んでいるマンション。 すでに、野次馬が数人、集まっていた。 事件の現場は、階段の下。 すでに救急車が来ていて、女性を運び込んでいるところである。 大橋は、担架の上の女性の顔を覗いた。 やはり、被害者は清水絵里だった。 住民に取り押さえられていた男は、あの中原と名乗ったストーカー男である。 現場は多くの血で染まり、犯行に使われたと思われる刃物も、そこに落ちていた。 大橋と飯田は男の身柄を確保し、現場検証を他の警官に任せて、署に戻る。 大橋は、感情を抑えられなかった。 自分の行動が裏目に出たと思ったからである。 「なぜ、やった」 大橋は、男に詰め寄る。 「一緒に死のうと思ったのです。彼女を殺して、僕も死のうと。それが、一番の幸せですから」 男は言った。 清水絵里は重体だったが、何とか、一命を取り留めた。 数日経って面会が許されると、大橋は彼女の見舞に行った。 「すみません。私の軽率な行動のために、このような結果を招いてしまって」 大橋は彼女に謝る。 「いいえ。あなたのせいではありません。でも、これで、あの男が逮捕されたのなら、もう安心できます」 彼女は言った。 気丈な女性のようである。
大橋は中村に会った。 「失敗だ。もう少しで、取り返しのつかないことになるところだった」 「でも、仕方がないじゃないか。やるべき事は、やった訳だし」 「仕方がないじゃ、すまない場合がある。特に、相手の命がかかった場合は」 「今回が、その場合というわけか。でも、相手の命が助かって、良かったじゃないか」 「不幸中の幸いだったよ。被害者の彼女も、前向きにとらえてくれているようだ」 「後は、その彼女が元気になるのを、祈るばかりだな」 「できるだけ、後のフォローもしていくつもりだ。それが、今のところ、俺にできる唯一のことだから」 刑事として一個人に深く関わるのはどうかとも思うが、これは人間としてしなければならない事だろうと大橋は思った。 無視することは、できないのである。
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