最後に清水絵里である。 清水絵里は、市外の会社に勤めているOLである。 彼女は、マンションで一人暮らしをしていた。 帰宅をするまで待つしかないだろうと思う。 大橋は、マンションの前に車を止めた。 帰宅は、おそらく夜になるだろう。 しばらく、時間を潰さなければならない。 清水絵里の部屋は、三階にある。 三階に登る階段は、マンションの西の端にあった。 大橋は車の中から、その階段の方を見る。 午後の五時を回り、日が暮れ始めた。 会社が五時に終わるのだとすれば、あと三十分もすれば、帰って来るかもしれない。 車の中で待っていると、やはり会社帰りと思われる人たちが、順次、マンションに帰って来ていた。 その人たちは、それぞれ、階段をのぼって、自分の部屋に帰って行く。 大橋は、清水絵里の顔を知らない。 三階の右から二番目にある彼女の部屋に、女性が帰るのを見届ければ、彼女がそうなのだろうと見当をつけることができる。 五時三十分を過ぎた頃、一人の若い男が、自転車でマンションに来て、階段のところに立ち止まった。 その階段を登るでもなく、周辺をうろうろとしている。 何をしているのだろう、と、大橋は思った。 誰かを待っているのだろうかと思う。 六時が近づいた頃、一台の軽自動車がマンションの駐車場に入って来た。 その車から降りたのは若い女性で、もしかすると、彼女が清水絵里ではないかと大橋は思った。 女性は階段の方に歩いて行く。 すると、その女性の前に、先ほどの男が立ちふさがった。 女性と男は、何か口論を始めた。 これは、何か起こったかと、大橋は車を降りた。 「ちょっと、そこの二人」 大橋は、声をかける。 二人は口論を止め、大橋を見た。 大橋は、女性の方を見る。 「もしかして、清水絵里さんですか」 「そうですけど」 絵里は、怪訝な顔をした。 「ご安心ください。私は警察の者です。こちらの男の方は」 「ストーカーです。つきまとわれて、困っています」 大橋は、男を見る。 「君の名前は」 「中原です」 「なぜ、彼女につきまとう?」 「好きだからです。毎日、彼女の顔が見たいし、声が聞きたい」 「彼女が迷惑を感じているのが、わからないのか。このようなことをしていても、嫌われるばかりだぞ」 「違います。彼女は僕を、好きでいてくれるはずです」 「なぜ、そう思う?」 「僕がこれだけ、彼女に尽くしているのですから、きっと、彼女は、僕を好きになります」 「尽くしているって? 君は、相手の気持ちがわからないのか」 「わかります。ですから……」 男の思考は、歪んでいる。 それが、ストーカーの特徴というものか。 「彼女からは、警察に被害届が出ている。これ以上、彼女につきまとうなら、逮捕することもできる」 「被害届? なぜですか」 「彼女が君のことを迷惑に感じているからだ。好きなら、相手のことも考えろ」 男の表情が、変わった気がした。 何を思ったのか、男は無言で、その場を自転車に乗って立ち去った。 「警察の方、もしかして、刑事の大橋さんですか」 絵里が言った。 「そうですけど、何で」 「私の友達が、彼氏の友達に刑事がいるから、話してみると言ってくれたので。でも、駄目だったって聞いていたから不安でしたけど、来てくれて嬉しいです」 この清水絵里がそうだったのかと大橋は思う。 「男は、いつもここで待ち伏せをしているのですか」 「はい。ほぼ、毎日です」 「何か、危害を加えられるということは」 「いいえ。それは、まだ何も」 「何にしろ、やはり、強制的に引き離す手段が必要な気がしますね」 「そのようなことが、できるのですか」 「裁判所で許可をもらうことができます。その許可があれば、あの男を逮捕することもできます」 「それでは、お願いします。ぜひ、そうしてください」 「わかりました。では、手続きを取りましょう。数日、待っていてください。それと、弁護士に相談をするのも一計でしょう。裁判所の手続きも、それで早く進むと思います」 「弁護士ですか。何とか、してみます」 その日はそれで、大橋は清水絵里と別れる。 これで、一通りの仕事は済んだ気がした。 中村が言っていた相手にも会うことが出来たし、一応、ストーカー被害の歯止めにはなったかと思う。
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