大橋は、三人の被害者の家に連絡を取った。 被害者の名前は、清水絵里、伏見小枝子、金山小百合の三人である。 それぞれに連絡を取り、話を聞くことにした。 とりあえず、伏見小枝子は家に居た。 彼女は、家事手伝いということである。 大橋は、すぐに彼女の家に向かった。 伏見小枝子の家は、市内西側の郊外にあった。 大橋は家の前に車を止める。 家では、小枝子と母親が待っていた。 「さっそくですが、ストーカー被害について話を伺いたいと思います」 大橋が言う。 「毎日のように、つきまとわれています。どこからともなく、私を見ているようです」 小枝子は言った。 「相手が誰か、わかっているのですか」 「はい。以前、同じお店でアルバイトをしていた仲間でした。太田敦という男です」 「相手の住んでいる場所はわかりますか」 「いいえ。私は知りません」 「良ければ、私が一度、相手の男に会って話をしてみましょうか」 「はい。ぜひ、お願いします」 大橋は、小枝子と、その男がアルバイトをしていた店の場所を聞く。 手帳にそれをメモして、すぐにその店のある場所に向かった。 店というのは、ファーストフード店だった。 大橋は店長に話を聞く。 太田敦の履歴書が、まだ店に残っていた。 そこから、住所はすぐにわかった。 「現在は、ここでアルバイトはしていないのですね」 「はい。二か月ほど前に辞めました」 「今は、どこで、何をしているのでしょう」 「それは、私には、わかりませんが。岸本なら知っているかも」 店長は、岸本という店員を呼んだ。 太田敦とは、店で仲良くしていたらしい。 岸本は部屋に入ると、店長と大橋に向かって一礼をした。 「岸本です。何でも、聞いてください」 店長は、大橋に言った。 「太田敦とは、親しかったのですか」 「はい。結構、親しくしていました」 「ここでのアルバイトを辞めた後、太田がどこで何をしているのか、知りませんか」 「この間から、コンビニで深夜のアルバイトを始めたと聞いています。今は、部屋で寝ているのではないでしょうか」 「そうですか。ありがとう」 大橋は、店長と岸本に礼を言って店を出た。 履歴書の住所にあった、太田敦の部屋に向かう。
太田敦は、アパートに住んでいる。 外観は、築数十年といったところの、古いアパートである。 太田敦の部屋は二階の隅だった。 ドアをノックしてみるが、返事がない。 居るのか、居ないのか。 とりあえず、ドアをノックし続けた。 十五分ほど、それを続けたところで、ようやく、中から男が出て来た。 「誰」 と、男は、眠くて、だるそうな顔と声で言った。 「太田敦だな。話がある」 「何だ。お前は」 大橋は警察手帳を、太田に見せた。 太田の表情が、一瞬、変わる。 「伏見小枝子という女性を知っているな」 「それが、どうかしましたか」 「これ以上、彼女につきまとうようなら、君を逮捕する。それを伝えに来た」 「……」 「心しておけよ。ストーカーは、犯罪だぞ。すぐに警察は動く。これ以上、彼女に何かあれば、俺はお前を捕まえるからな」 大橋は、太田に釘を刺しておく。 どこまで効果があるかはわからないが、何もしていないよりはいいだろう。
清水絵里と金山小百合の二人は、仕事をしている。 日中は、家にはいないはずである。 書類を見ると、彼女たち二人の勤め先も書いてあった。 仕事場に行って話を聞いてみるのもいいが、相手の迷惑にならないだろうかと思う。 しかし、大橋には、あまり時間がない。 金山小百合は、市内のスーパーマーケットで働いているようだった。 大橋は車を走らせて、そのスーパーに向かった。 数年前に出来た大型スーパーで、客の数はいつも多い。 大橋は車を駐車場に置くと、店の中に入り、店員に声をかけた。 「金山小百合という人が、ここで働いていると思うのですが」 「あなたは、誰ですか」 「警察です」 と、大橋は警察手帳を見せる。 店員は慌てて、どこかに走って行った。 しばらく待っていると、その店員が、責任者を連れて帰って来る。 「警察の方が、金山さんに、何の用ですか」 責任者が言う。 「少し、話を聞きたいことがありまして。大したことではないのです」 責任者は大橋を事務所の横の応接室に通す。 店員がそこに金山小百合を連れて来た。 大橋は、金山小百合と二人だけにしてもらうよう、責任者に頼む。 責任者と店員は、部屋を出た。 大橋は、改めて金山小百合と話した。 「高山南署の大橋と言います。金山さんが届を出しているストーカーの件で、話を伺いに来ました」 「はい」 「被害はまだ、続いていますか」 「はい。今も、この店に来ています」 「相手の男が、ですか」 「はい。落ち着いて、仕事も出来ません」 「何か、危害を加えられるということは」 「それは、今のところありませんが、これから先も、不安です」 「相手は、どのような男ですか」 「実は、三か月前まで交際をしていた元彼氏です。恋人関係は解消したのですが、それ以来つきまとわれています」 「なるほど。そういうことですか」 ストーカーが、知り合いであるという場合は、結構、多いらしい。 伏見小枝子の場合も、そうだった。 「私の方から、何か忠告をしておきましょうか」 「お願いします」 大橋は、金山小百合と部屋を出て、男のいる場所に案内をしてもらう。 「男の名前は」 「藤島尚吾といいます」 男は、階段脇のベンチに座っていた。 何をするでもなく、ぼんやりとしているようだった。 「藤島くんだな」 大橋は声をかけた。 藤島は、座ったままで、大橋の顔を見る。 「金山小百合さんに、つきまとっているようだが」 「つきまとう? 言葉が悪いですね。僕は、彼女を見守っているだけです」 「つきまといは、犯罪だぞ。君を逮捕することもできる」 大橋は、警察手帳を見せた。 藤島は、あまり表情には変化を見せない。 「万が一、彼女に危害を加えるようなことがあれば、俺が逮捕する。わかったな」 藤島は返事をしない。 ふてぶてしい男である。 警察を眼中に置いていないということは、かなり危険度も高い気がした。 しかし、これ以上、強硬な手段に出るわけにも行かない。 「裁判所で、ストーカー規制の許可をもらいましょう。ストーカーを強制的に引き離すことができますよ。もし、それに違反をすれば、即逮捕することもできますし」 大橋は、小百合に言った。 とりあえず、効果があるのはそれしかないと思った。
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