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作品名:裏目 作者:三日月

第1回   1
 会社での仕事が終わり、午後の六時過ぎに退社した。
 いつものように、僕は恋人の矢口瞳に電話をした。
「ちょっと、話したいことがあるの」
 瞳は言う。
 僕は、瞳の家に行く。
 ついでに、晩飯も御馳走になることにした。
 瞳の家族と一緒に食事をする。
 すでに結婚を前提にしている交際なので、僕は瞳の両親とも仲が良かった。
 夕食を終えると、瞳の部屋に行く。
 瞳は早速、僕を呼んだ用件を話す。
「実は、私の友達が、ストーカーの被害にあっているようなの。中村くんには、刑事の友達が居たわよね。何とかならないかな」
「個人的に頼んでも、無理だろうと思うよ。警察に、正式に被害届を出してみたら」
「被害届は、一応、出してあるって。それでも、具体的に何をしてくれるというわけでもないようだし、不安だからって」
「それは、警察も、その友達一人にかかりきりというわけにも行かないだろうから」
「だから、中村くんの友達に頼んでみようかって。刑事の人、大橋さんだっけ」
「一応、話すだけは、話してみるよ。あまり、期待はしないように」
 僕は、そう約束した。
 しかし、刑事が多忙であることはわかっている。
 個人的に手を貸してくれるということを期待するのは不可能だろう。

 僕は、大橋に電話をしてみた。
 大橋は仕事中で、次の休みの日はいつなのか聞いてみる。
「水曜日が、休みになりそうだ」
 大橋が言ったので、僕はその日に、夕食に行く約束をした。
 いつもの焼肉屋で待ち合わせをする。
 僕が仕事を終えて店に行くと、大橋は先に来て待っていた。
 焼肉を食べながら、僕は大橋に要件を切り出す。
「実は、瞳の友達にストーカーの被害にあっている人がいるらしい」
「瞳って、中村の恋人だよな」
「そうだけど、手を貸してもらえないだろうか」
「警察に届けは出したの」
「出したようだけど、それだけでは、安心できないということだ」
「確かに、不安だろうな。警察も、その人にかかり切りというわけには行かないから」
「それは、僕も話したよ。だから、余計に不安なのだろう」
「だからといって、俺は、どうすることも出来ないよ。個人的に、その人にかかわる訳にも行かないし」
「だろうな。瞳には、駄目だったと話しておくよ」
「悪いな」
 焼肉を食べ終えて、僕は大橋と別れた。
 僕はすぐに瞳に電話をした。
「やっぱり、駄目だったよ。大橋に頼むというのは、無理がある」
「だろうね。友達にも、そう話しておくから」
 瞳はそう言って、電話を切る。
 瞳も初めから、期待はしていなかったようだった。

 中村と会って話を聞いた翌日、大橋は、高田南署に届けられているストーカー関係の書類をパソコンで呼び出して眺めた。
 高田南署管内での被害届は三件ある。
 その内の一件が、中村の話していたものだろう。
 しかし、中村は恋人である矢口瞳の友達としか言わなかった。
 名前が何なのか、一応、聞いておけば良かったかと思う。
 被害者は全て女性だった。
 ストーカーといっても、どれほど切迫した危険があるのか、書類だけでは判断し難い。
 しかし、ストーカーが殺人者に変貌する事件は、これまでも何度か、報道をにぎわせていた。
 そういう事件は、自分の勤める高田南署の管内からは出したくないものである。
「このストーカー関連の届に関して、何か、対処の手は打っているのかな」
 大橋は、同僚の飯田に聞いてみる。
「さあ、詳しくは知らないけど、近くの交番の警官が、重点的に警戒をしていると思う」
「だろうな」
 大橋も、一応はそう思っている。
 しかし、事件を積極的に処理するという点では、どうも手ぬるい。
 大橋は、課長のところに行く。
「課長、この被害届の件で、しばらく俺が動いてみても構わないでしょうか」
 大橋は、プリントアウトした書類を見せる。
「何か、気になることでもあるのか」
 課長は言った。
「ちょっと、個人的な知り合いに頼まれまして」
 大橋は、正直に話す。
 嘘をつくのは、あまり得意ではない。
「大橋は、公の仕事よりも、個人の事情を優先するというのか」
「そういう訳ではありませんが、これも、一応、仕事の内です。ストーカーが相手なら、俺が一言、釘を刺しておくだけでも、行動が違うと思います」
「それは、そうかも知れないが」
 課長はしばらく考える。
「ならば、三日だけ時間をやる。気の済むようにやってみろ」
 課長は言った。
「ありがとうございます」
 と、大橋は行動に移ることにした。


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