休日もあけて、大橋は高田南警察署に出勤をした。 殺人事件は解決をしたが、他にも仕事はたくさんある。 一応、退院の挨拶回りをした。 心配をしてくれていた人も多いだろう。
署内を一通り回り、挨拶を済ませて、刑事課の自分の机に戻る。 隣は、危ないところを助けてくれた同僚の飯田の席である。 飯田もまた、大橋よりも少し遅れて、出勤をして来ていた。 「元気になったか」 飯田は言った。 「お陰様で、命拾いをしたよ」 大橋は、席に座りながら答える。 「本当にあの時は驚いた。出血が相当にひどかったから、このまま大橋は死んでしまうのかと思ったよ」 「本当に、危ないところだったらしい。もう少し、手当が遅れれば、死んでいた」 「とりあえず、良かったよ。また、一緒に仕事が出来る」 「飯田のお陰だ。ありがとう」 殺人事件が解決し、大橋は飯田と一緒に空き巣事件の捜査に当たることになった。 これは、殺人事件が起こる以前から続いているもので、最初の事件が発生してから一年以上が経つ。 これまでに、五件の空き巣が、高田南署の管轄内で起こっていた。 裏口のガラスを割って、家の中に入る手口が共通しているので、五件の空き巣は同一犯による犯行だろうと思われていた。 不審人物の目撃情報もある。 痩せて、背の低い、メガネをかけた男である。 年齢は四十歳前後。 似顔絵も、それぞれの刑事に配られている。 もちろん、それが確かに空き巣の犯人であるという確証はない。
大橋と飯田は、覆面パトカーに乗って、町に出た。 これといってあてがあるわけではない。 車に乗って、町を流す。 交番を回って、情報を集めたり、事件現場近くで、聞き込みをしたりした。
昼飯は、いつも適当な店に入って食べることにしている。 その日は、近くのファミリーレストランに入った。 窓際の開いていたテーブルに座る。 かわいらしいウエイトレスに、大橋と飯田はそれぞれメニューを見ながら注文をする。 おしぼりで手を拭き、顔を拭いた。 「毎度の事だけど、どうも、毎日、無駄な事をしているような気がする」 飯田は言った。 「本当に、空き巣はこの町に居るのかな」 「それを考えれば、切りがない。俺たちは、地道に仕事をするだけだ」 「もしかすると、どこか遠くの町から、空き巣をしに、わざわざこの町に来ているのではないか」 「その可能性は十分にある。わざわざ、自分の地元で空き巣はしないだろうから」 「偶然、網にかかるのを待つしかないということか」 「そういうことだ。俺たちがこうして仕事をしていることで、犯罪が減れば、それに越したことはない」 「大橋は、警官の鏡だな。俺も、そう心がけた方がいいのかな」 「警察官として、当然の心構えだ。飯田も、俺を見習えよ」 ウエイトレスが注文の品を持ってきたので、大橋と飯田は昼飯を食べ始めた。 が、その途中で、大橋がポケットの中に入れていた無線が鳴った。 「はい、大橋です」 「泉町三丁目の交番で、不審人物が確保されている模様です。現場に向かってください」 「了解しました。すぐに向かいます」 大橋と飯田は、昼飯を食べ残したままで店を出た。 すぐに車で、泉町三丁目の交番に向かう。
泉町三丁目の交番は、県道と国道の交差点にある。 国道の北側には住宅地があり、交番の警官は、日々、巡回に出かけている。 大橋は、車を交番横の駐車スペースに止めた。 大橋と飯田は車を降りて、交番に入る。 警官二人が、一人の男と話をしていた。 「ご苦労様です」 警官二人は、大橋と飯田に敬礼をする。 「不審者というのは」 飯田が言う。 「この男です」 警官の一人が、男を指して、言った。 男は、背広を着て、カバンを持っていた。 一見、サラリーマンふうで、おかしげなところは何もない。 「どこが、不審者なのですか」 大橋は聞いてみた。 「留守の家を探っているようだったので、職務質問をしたところ、はっきりとした返事をしませんでしたので、連れて来ました」 大橋は、男の顔を見る。 男は、大橋から目を逸らした。 なるほど。 確かに、怪しい感じである。 「名前は」 大橋は、男に言った。 男は無言である。 「何も言わないということは、何か、やましいことでもあるのか」 飯田が言ったが、やはり、男は無言だった。 任意の同行なので、無理に取り調べをすることは出来ない。 それに、黙秘権もある。 とりあえず、男を解放することにした。 何も具体的な犯罪の事実がないのに、男を拘束するわけには行かなかった。 「目撃情報の男とは、似ていなかったな」 飯田は言う。 「しかし、あの男、何か、おかしい」 大橋は言う。 「しかし、今のところ、俺たちが関わる相手でもない。実際に、犯罪に関わっているという確証もないわけだし」 飯田は言った。 「それは、そうだが」 大橋は、未練深く、去っていく男の後ろ姿を見る。 「刑事の勘でも、働くのか」 「それほど、大袈裟なものではないが」 「何も、事件が起こっていないのに、いちいち、俺たちが関わるわけにもいかない。そのようなことをしていれば、切りがないから」 「わかっているよ。俺も新人じゃない」 大橋と飯田は、元の仕事に戻ることにする。 交番の警官たちと、その地域の情報を交わし、大橋と飯田は、また車に乗った。
大橋は、その男のことが、どうも頭に残って離れなかった。 飯田の言う通り、刑事の勘というものだろう。 しかし、飯田の言う通り、勘だけで動く訳にもいかない。 他にも、仕事はたくさんある。
そして、それから一か月が経った頃、大橋は署内で、その男と再会した。 男は、下着泥棒の現行犯で、巡回中の警官に逮捕されたのである。 「大橋の勘は、当たっていたということか」 飯田は、言った。 「だが、それほど、重大な犯罪ではなくて良かった。被害者には、気の毒だけど」 大橋は言う。 大橋には理解の出来ないところだったが、女性の下着というものに、魅力を感じる人もいるらしい。 馬鹿げたことだと、大橋は思った。
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