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作品名:失態 作者:三日月

最終回   友達は刑事です。
 僕の友達は刑事をしていた。
 大学の同期で、僕は普通の会社員に、彼は警察官になった。
 刑事になるのは子供の頃からの憧れだったと言う。
 テレビで見た、刑事ドラマの影響が大きいらしい。
 彼の名前は、大橋健二と言う。
 大学の成績も優秀だった。
 大学ではラグビー部の主将でもあり、体力も抜群だった。

 三十歳を超えて、僕は平凡なサラリーマンをしている。
 結婚をしようかと思っている恋人もいた。
 大橋とは、大学卒業後も時々、会っている。
 しかし、大橋が刑事になってからは相当多忙で、数か月に一度、一緒に夕食を食べる程度だった。
 大橋も未だに独身で、今のところ、恋人も居ないようだった。

 この町は平和で、重大な犯罪は、今のところ、起こった記憶がない。
 空き巣や窃盗などという軽い犯罪は時折、起こっているのだろうが、それは新聞やテレビのニュースにもならない程度である。
 刑事の大橋もそういう事件を追いかけているようだった。
 時折、出会った時には、そういう軽い話を、出来る範囲で大橋は僕に話してくれた。
 仕事によって知り得たことは、一般市民には話してはならないということも刑事には多いのだろう。
 それは、簡単に察することが出来る。
 刑事という職業の内面にも興味がないわけではなかったが、僕は、敢えて深く聞くことは控えておいた。
 大橋の話すことだけを聞いているだけで、それなりに満足だった。

 しかし、先日のことである。
 この町で、歴史上、初めての殺人事件が起こった。
 一人暮らしの女性が、マンションの部屋で殺された。
 報道によると、被害者は田原真佐子、二十五歳。
 職業は会社員となっていた。
 当然、刑事である大橋は、この事件の捜査を開始しているはずである。
 当分、こちらから連絡を取るのは控えることにした。
 事件が解決するまでは、ほとんど不眠不休で働くことになるのだろう。

 事件の経過は、いちいち報道されないので、僕は何の情報も得られなかった。
 犯人が逮捕されれば、それなりの報道があるはずなので、それを待つしかない。
 一か月が経った日曜日の夕方である。
 テレビでローカルニュースを見ていると、事件のことが、報道された。
「先程、入りましたニュースですが、今日、午後四時二十分頃、新田町五丁目のスーパーマーケットの駐車場で先月、藤島町三丁目のマンションで女性が殺害された事件の容疑者が逮捕されました。容疑者は玉川守。二十八歳、住所不定、無職。なお、容疑者を逮捕の際、警察官一人が負傷をした模様です。詳しい情報が入り次第、また番組の中でお伝え致します」
 アナウンサーが、やや興奮した様子で、そう原稿を読み上げる。
 僕も、テレビの画面に見入ったが、番組の最後に同じアナウンサーが同じ原稿を読み上げただけで、新しい情報はなかった。
 翌日、朝、目を覚ますと、一番に朝刊の地方面に目を通した。
 事件のことが、小さな記事で載っていた。
 記事の内容は、昨日のニュースでアナウンサーが話した原稿とそれほど変わりはない。
 しかし、負傷をした警察官の名前が、新聞には載っていた。
「大橋健二巡査部長」
 僕は、自分の目を疑った。
 まさか大橋が、怪我をしているとは思わなかった。

 僕は大橋に電話をしたものかどうか考えた。
 犯人が逮捕されたのなら、もしかすると電話をする暇くらいあるのかもしれない。
 大橋は携帯電話を持っているが、仕事用とプライベート用とを、使い分けているようである。
 プライベート用の電話は、仕事の時は電源を切っていることが多い。
 僕は、日曜日の午後、大橋の携帯電話に電話をしてみた。
 電源は入っていたようで、電話はすぐにつながった。
「もしもし」
 と、大橋の声がする。
「中村だけど」
 と、僕は返事をした。
「今、どこに居る?」
「病院の部屋に居る。入院をしているから」
「ニュースで見たよ。怪我をしたそうだな」
「運が良かったのか、悪かったのか。とにかく、この程度の怪我で済んで、良かったよ」
「どこの病院だ」
「若林第一病院」
「お見舞いに行ってやろうか」
「それは嬉しいな。退屈をしていたところだ」
 僕は電話を切ると、すぐに車に乗って若林第一病院に向かった。
 それほど遠い場所にある病院ではない。
 日曜日ということもあって、駐車場に車はそれほど多くなかった。
 病院の中に入ると、受付で大橋の入院している部屋の場所を聞く。

 大橋の部屋は、三階にある個室だった。
 入口脇の壁には「大橋健二」という名札がついていた。
 ドアをノックして、中に入る。
 大橋はパジャマ姿でベッドの上に寝ていた。
 テレビのついている音がする。
「やあ、来てくれたか」
「どうだ。怪我の具合は」
「腹を刺されて、相当量の出血だったそうだよ。俺は意識を失って良く覚えていないけど、もう少し、手当が遅れていれば、命が危ないところだったらしい」
「犯人に刺されたのか」
「そういうことだ。相手が刃物を持っているとは思わなかったから、油断をしていた」
「危険な仕事だな。刑事というのは」
「俺も、改めて認識した。と、言うよりも、実感したというところか」
「これからは、気をつけろよ」
「そうだな」
 大橋は、怪我をした経緯を、詳しく話してくれた。
 警察として、それほど重要な機密というわけでもないのだろう。

 その日、大橋は犯人を追跡していたわけではなかった。
 警戒をしてはいたのだが、犯人はすでにこの町には居ないのではないかというのが、捜査本部の大方の意見だった。
 事件当日から一か月が過ぎ、緊張感も少しゆるんでいたのかもしれない。
 昼過ぎ、大橋は同僚の飯田という刑事と一緒に、昼飯用の弁当を買うため、近くにあったスーパーマーケットに寄った。
 弁当を選び、レジに向かう。
 その途中、大橋が、店内で偶然、見覚えのある男に目をとめた。
「おい」
 と、大橋は隣に居た飯田に声をかける。
「あの男、玉川に似ていると思わないか」
 大橋に言われて、飯田も男を見た。
「確かに。似ていますね」
「ちょっと、行ってみるか」
 大橋は不用意にも、弁当を手にしたままで、男に近づいた。
「おい、ちょっと待て」
 と、大橋が声をかけた瞬間、男がおもむろに、手にした刃物で大橋の腹部を刺したのだった。
 そこからの記憶は、あまり無いと言う。
 犯人は、飯田が取り押さえた。
 スーパーマーケットの店員が飯田の指示ですぐに警察と病院に連絡を取ってくれたらしい。
「とんだ失態だよ。だが、生きていて良かったといったところだ」
「本当だ。次からは、慎重に」
 僕は、小一時間ほど、病室で大橋と話をした。
 退院をすれば、少し休みをもらえるので、また晩飯でも食べに行こうと約束をした。



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