職場の同僚の中で、仲が良いのは田中政夫という男だった。 年齢が近く、入社した時期も近い。 昼食はいつも一緒に、会社の外で食べる。 今日は、近くのうどん屋に入った。 「先週、美人の女を見つけたよ」 隆司は言う。 しかし、意外にも、政夫はそれに関心を示さなかった。 「それどころじゃない。今、ちょっと、大変で」 「何が」 「どうも、彼女が浮気をしているようだ」 「彼女? 岡島さんのことか」 政夫の恋人は岡島恵子といった。 隆司とはそれほど親しいわけではなかったが、何度か、会ったことがある。 「浮気って、証拠はあるのか」 「確かな証拠はないけど、どことなく、彼女の様子がおかしい。何か、隠し事をしているようだ」 「それだけで、浮気とは限らないだろう」 「それは、そうだけど」 「ちゃんと、確認してみたらどうだ」 「それができれば、苦労しない」 政夫は悩んでいるようである。 隆司はひらめいた。 「占い師に見てもらったらどうだ。紹介をしてやるよ」 「占い師? 信用できるのか」 「できると思うよ。どうする」 「行ってみようか」 金曜日、仕事が終わると、隆司は政夫を連れて、繁華街に向かった。 先週と同じ場所で、あの占い師を探す。 占い師は、同じ場所で同じように、机を出して座っていた。 「こんばんは」 と、声をかける。 「ああ、先週の」 と、占い師は、隆司のことを覚えていた。 「今日は、友達を連れて来たので、見てやってください」 「いいですよ。どうぞ」 占い師は政夫に椅子に座るように促した。 政夫は、占い師に会釈をして、椅子に座る。 「何を占いましょうか」 「実は、僕の彼女のことで」 「彼女ですか。名前と生年月日を」 「岡島恵子。昭和五十八年五月七日生まれ」 「それと、あなたの名前と生年月日を」 「田中政夫。昭和五十七年九月二十日生まれです」 「なるほど。それで、占って欲しいないようを具体的にお願いします」 「実は、彼女が浮気をしているようなのです。それで、僕はこの先、どうすればいいのかと思いまして」 占い師は、水晶玉を見つめている。 「その答えは、私が出さなければいけませんか」 「どういう意味です?」 「答えはもう、あなたの中では決まっているはずです」 政夫は驚いた表情をする。 「それは、そうですが」 「あなたは、私が何と言おうと、彼女とよりを戻すつもりですね。ならば、私が何を言ったところで意味がないと思います」 「確かに、その通りです」 政夫は、一礼をして立ち上がる。 「凄い占い師だな。僕の心を透視した」 「だろう。なかなかの占い師だ」 隆司は言ったが、さすがに、そこまでは予想しなかった。 政夫は、占いの料金千円を払う。 政夫の顔は生き生きとしていた。 占い師の言葉で、何かがふっきれたようである。 それから数日後、政夫は恵子とよりを戻した。 恵子が浮気をしていたというのは、どうも誤解だったらしい。 「あの占い師によろしく。お礼を言っておいてくれ」 と、政夫は言う。
次の金曜日、隆司はまた繁華街に行く。 占い師は、またそこに居た。 「また、来たの」 「まあ、そう言わずに」 隆司は、椅子に座る。 「先週の僕の友達が喜んでいましたよ。よりが戻せて、よかったって」 「そうですか。でも、それが良かったかどうかは、別の問題です」 「どういう意味ですか」 「あの二人は、強い運命で結ばれています。しかし、それが、いい運命だとは限りません」 「二人には、悪い運命が待っているということですか」 「そうですね。二人の将来には、破滅が待っています。しかし、二人を離れさせることは不可能でしょう。運命とは、そういうものです」 「なるほど」 隆司は感心する。 しかし、破滅とは、どういうことか。 「破滅というのは、具体的には?」 「そこまでは、今のところはわかりません。もう少し、先にならないと」 「その破滅を、食い止めることはできますか」 「それは無理でしょう。それが、二人の運命ですから」 占い師は、あっさりとそう言った。 先を見通すということは、冷徹な感情をもたらすのかもしれないと隆司は思った。
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