客の中には、老人もいた。 痩せていて、割と身長は高い。 服装は洒落ていて、なかなかスマートだった。 若い頃は、格好が良くて、女性にもてたに違いない。 老人は煙草を買うと喫煙室に入った。 椅子に座って、煙草を吸う。 「君は、新しい人だね」 老人が言った。 「はい。今月から、ここで働いています」 「君は、煙草は」 「僕は吸いません」 「そうか。吸わないのか」 「お客さんは、煙草は好きですか?」 「好きだね。最近のものは、昔よりも品質もいいし、味もいい」 「でも、半年後には、煙草の販売は禁止になります」 「そうだな。これも、時代の流れか」 「お客さん、煙草を吸っていても、健康に異常はないのですか」 「僕は老人だから、もちろん、体に悪いところは、いくつもあるよ。でも、それは煙草が原因というわけではない。いや、もしかすると、煙草が遠因になっているものもあるかもしれないが、もう、気にしてはいない。八十歳も生きれば、十分だ」 「八十歳ですか。まだまだ、元気そうですね」 「そうだな。年の割には、元気だろう」 老人は、品良く、煙草を吸う。 片岡も、一瞬、憧れる感じだった。 「こうやって見ていると、煙草を吸うのもいい感じですね」 「そうだろう。昔は、皆、煙草を吸ったものだけど、今は……」 「今は、どこも禁煙ですし、煙草を吸う人は、少数派ですものね」 「悲しいものだ」 「半年後には、どうするつもりですか」 「さあな。その時に考えることにするよ」 老人は一本だけを吸って、帰って行く。 それが習慣のようだった。
片岡は、店の煙草を一箱、手にしてみる。 中の一本を吸ってみようかという誘惑にかられた。 しばらく、その煙草を手に考える。 が、結局、元の棚に戻した。 どうせ、後、半年。 煙草はその後、この世の中から無くなって行くことだろう。 経験をしておくのも一つの手だが、そこから抜けられなくなってしまうと困る。 ここは我慢のしどころだと、片岡は思った。
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