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作品名:煙草販売店 作者:三日月

第1回   1
 仕事を探している最中に、一枚の広告を見つけた。
 時給は千円。この辺りの相場からすれば、かなり高い。
 仕事の内容は、煙草の販売だった。
 煙草の販売は、半年後に全面禁止が決まっている。
 それまでに、生産余剰品を、全て売りさばいてしまおうということだろう。

 片岡学は、広告を手に、募集をしている店舗に向かった。
 そこは老舗の煙草屋らしく、店構えは古くて、しっかりとしている。
「こんにちは」
 と、片岡は店の中に入る。
 店の中には、商品の煙草が並んでいた。
 その中に、一人の女性店員がいた。
「アルバイトの面接に来たのですが」
 片岡は店員に声をかけた。
「そうですか。少々、お待ちください」
 店員は、どこかに電話をかける。
「間もなく、責任者が来ますので」
 店員はそう言いながら、片岡に椅子をすすめた。
 片岡は、その椅子に腰をかける。
「あなた、煙草は吸いますか」
 女性店員が言った。
「いいえ。吸わないと駄目ですか」
「別に、関係ありません。ちょっと、聞いてみただけです」
「煙草が体に悪いと言われ始めて、もう五十年近くが経ちますが、やはり、それ以前に比べて、売上は落ちていますか」
「そうですね。帳簿を見れば、売上はかなり落ちているようです。でも、いくら煙草が体に悪いと言われていても、吸う人は必ずいます。ですから、こうやって煙草屋もやっていけるわけで」
「でも、半年後には、国の方針で煙草は全面禁止になりますよね。この店も、その時には閉めることになるのですか」
「この店は閉めることになると思いますけど、うちは、他にも色々と手がけていることがありますから」
 間もなく、やや年老いた女性が姿を現す。
 彼女がこの店の責任者らしいと片岡は思った。
「どうも。社長の上原です」
 女性は言った。
「どうも。こんにちは」
 と、片岡は椅子から立ち上がり、一礼をする。
「販売員の募集を見て、来てくれたのですね」
「はい」
「近頃では、煙草の販売というと来てくれる人もいなくて」
「そうですか」
「時給は千円でいいですか。商店街にある店舗を任せたいのですが」
「お店の経営ですか?」
「いいえ。単なる店番だと思ってくれればいいです。お客さんを相手に煙草を売って頂ければ」
「わかりました。やらせてください」
 片岡は、煙草屋で働くことになった。
 商店街にある店舗までは、社長が案内してくれた。

 煙草屋は南北につながる商店街の真ん中から、やや北寄りにあった。
 店舗は約八畳の広さで、棚には煙草が並んでいる。
 その店舗の隣には喫煙室があった。
 近頃は、公共の場所はどこも禁煙である。
 煙草の吸える場所といえば、家の中か、自分の車の中、それと、特別に設けられた喫煙室の中しかない。
 片岡は、それまで店舗を見ていた年配の女性店員から、煙草販売の仕事を習った。
 その女性は、今月の末で仕事を辞めるという。

 片岡は、月末の三日間、その女性と仕事をした。
 女性の名前は、清水洋子という。
 洋子がお店を辞めるのは、家庭の事情らしい。
 やはり、煙草屋の店員をしているというと、近所に体裁が悪いのかもしれない。
「旦那が辞めろとうるさくて。この店ももう長くて半年だから、いい機会かもね」
 洋子は言う。
「片岡くんは、なぜこのお店に?」
「時給が良かったので」
「でも、半年後には、閉店になるわよ」
「わかっています。そうしたら、また別の仕事を探します」
 店の中にある煙草の種類は「さくら」「うめ」「ひまわり」の三種類だった。
 値段はどれも変らない。
 しかし、味がそれぞれ違うのだろう。
 客は思ったよりも多く、一日で二十人ほどが煙草を買いに来た。
 煙草の自動販売機は、二年前に日本国内での設置が禁止されている。
 煙草を買おうと思えば、煙草屋の対面販売で買うしかない。
 煙草を買う人は、身分証の提示が必要だった。
 二十歳未満の喫煙は厳罰である。
 売った側も罰せられるので、年齢の確認は慎重だった。
 お金の管理もしなければならない。
 お金は毎日、本店に集めて管理をする。
 朝の開店の時にお金を持ちこみ、夜の閉店の時には、お金を持って本店に帰る。
 そのお金の移動には、本店の人が本店の車を使っていた。
 管理をしているのは、下川という男の人である。
 下川は経理の責任者らしい。
「売上の管理はしっかりとしてくれよ」
 と、片岡は下川に言われた。
 帳簿のつけかたは洋子に教えてもらう。
 それほど、難しいことではなかった。


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