仕事を探している最中に、一枚の広告を見つけた。 時給は千円。この辺りの相場からすれば、かなり高い。 仕事の内容は、煙草の販売だった。 煙草の販売は、半年後に全面禁止が決まっている。 それまでに、生産余剰品を、全て売りさばいてしまおうということだろう。
片岡学は、広告を手に、募集をしている店舗に向かった。 そこは老舗の煙草屋らしく、店構えは古くて、しっかりとしている。 「こんにちは」 と、片岡は店の中に入る。 店の中には、商品の煙草が並んでいた。 その中に、一人の女性店員がいた。 「アルバイトの面接に来たのですが」 片岡は店員に声をかけた。 「そうですか。少々、お待ちください」 店員は、どこかに電話をかける。 「間もなく、責任者が来ますので」 店員はそう言いながら、片岡に椅子をすすめた。 片岡は、その椅子に腰をかける。 「あなた、煙草は吸いますか」 女性店員が言った。 「いいえ。吸わないと駄目ですか」 「別に、関係ありません。ちょっと、聞いてみただけです」 「煙草が体に悪いと言われ始めて、もう五十年近くが経ちますが、やはり、それ以前に比べて、売上は落ちていますか」 「そうですね。帳簿を見れば、売上はかなり落ちているようです。でも、いくら煙草が体に悪いと言われていても、吸う人は必ずいます。ですから、こうやって煙草屋もやっていけるわけで」 「でも、半年後には、国の方針で煙草は全面禁止になりますよね。この店も、その時には閉めることになるのですか」 「この店は閉めることになると思いますけど、うちは、他にも色々と手がけていることがありますから」 間もなく、やや年老いた女性が姿を現す。 彼女がこの店の責任者らしいと片岡は思った。 「どうも。社長の上原です」 女性は言った。 「どうも。こんにちは」 と、片岡は椅子から立ち上がり、一礼をする。 「販売員の募集を見て、来てくれたのですね」 「はい」 「近頃では、煙草の販売というと来てくれる人もいなくて」 「そうですか」 「時給は千円でいいですか。商店街にある店舗を任せたいのですが」 「お店の経営ですか?」 「いいえ。単なる店番だと思ってくれればいいです。お客さんを相手に煙草を売って頂ければ」 「わかりました。やらせてください」 片岡は、煙草屋で働くことになった。 商店街にある店舗までは、社長が案内してくれた。
煙草屋は南北につながる商店街の真ん中から、やや北寄りにあった。 店舗は約八畳の広さで、棚には煙草が並んでいる。 その店舗の隣には喫煙室があった。 近頃は、公共の場所はどこも禁煙である。 煙草の吸える場所といえば、家の中か、自分の車の中、それと、特別に設けられた喫煙室の中しかない。 片岡は、それまで店舗を見ていた年配の女性店員から、煙草販売の仕事を習った。 その女性は、今月の末で仕事を辞めるという。
片岡は、月末の三日間、その女性と仕事をした。 女性の名前は、清水洋子という。 洋子がお店を辞めるのは、家庭の事情らしい。 やはり、煙草屋の店員をしているというと、近所に体裁が悪いのかもしれない。 「旦那が辞めろとうるさくて。この店ももう長くて半年だから、いい機会かもね」 洋子は言う。 「片岡くんは、なぜこのお店に?」 「時給が良かったので」 「でも、半年後には、閉店になるわよ」 「わかっています。そうしたら、また別の仕事を探します」 店の中にある煙草の種類は「さくら」「うめ」「ひまわり」の三種類だった。 値段はどれも変らない。 しかし、味がそれぞれ違うのだろう。 客は思ったよりも多く、一日で二十人ほどが煙草を買いに来た。 煙草の自動販売機は、二年前に日本国内での設置が禁止されている。 煙草を買おうと思えば、煙草屋の対面販売で買うしかない。 煙草を買う人は、身分証の提示が必要だった。 二十歳未満の喫煙は厳罰である。 売った側も罰せられるので、年齢の確認は慎重だった。 お金の管理もしなければならない。 お金は毎日、本店に集めて管理をする。 朝の開店の時にお金を持ちこみ、夜の閉店の時には、お金を持って本店に帰る。 そのお金の移動には、本店の人が本店の車を使っていた。 管理をしているのは、下川という男の人である。 下川は経理の責任者らしい。 「売上の管理はしっかりとしてくれよ」 と、片岡は下川に言われた。 帳簿のつけかたは洋子に教えてもらう。 それほど、難しいことではなかった。
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