その日、広子から、 「体調が悪いので休ませて欲しい」 という連絡があった。 「別に、構わないよ。ゆっくりと休んでください」 と、耕三は言った。 その日は、一人で過ごすものと決めていた。 が、正午前、一人の娘が、耕三の家を訪れた。 「私は本多広子の娘で、美雪といいます。母親に言われて、これを持って来ました」 美雪は、手作りの弁当を耕三に渡した。 美雪は母親の広子によく似ていた。 「まあ、上がって行きなさい」 と、耕三は、美雪を家に上げた。 「君、年齢はいくつ?」 「十七です」 「十七ということは、高校生か。今日は、学校は?」 「今日は休みました。母親の面倒をみなければいけないので」 「お母さんは、それほど悪いの?」 「いいえ。そういうわけではないのですが」 美雪は、はっきりとしたことは言わなかった。 何か、事情があるのかと思う。 「高校を卒業すると、大学に行くのかな」 「いいえ。うちは、それほど裕福ではありませんから」 「じゃあ、高校を卒業すれば、就職かな」 「そういうことになると思います」 よければ、時々、遊びに来なさいと言って、耕三は美雪を帰した。
二日後、広子が体調を回復して家に来る。 「ご迷惑をおかけして、すみません」 広子が言った。 「いや。気にしなくてもいい」 耕三は言う。 「娘さんに会えて良かったよ。また、遊びに来なさいと言っておいたけど」 「一度、耕三さんに会ってみたいと言っていましたので、迷惑かと思いましたが、弁当を持たせました」 「いや、迷惑どころか。私も会えて、嬉しかったよ」 「近頃は、学校を休みがちで、困っています。登校拒否というわけではないのですが」 「そうですか。子供がいれば、悩みもつきものでしょう」 その日、広子が帰る時、 「また、娘さんを連れて来てください。楽しみにしていますから」 と、耕三は言った。
しかし、それから三日後、耕三は頭に激痛を感じ、部屋の中で倒れ、意識を失った。 それは、広子がいつものように仕事を終えて、家を出た後、間もなくのことで、誰もそれに気がついた人はいない。 翌日、広子がいつものように家に来ると、耕三の息はすでになくなっていた。 耕三は病院に運ばれ、そこで死亡が確認される。 死因は脳梗塞である。 唐突な死だった。
耕三の財産は、息子の慎太郎が相続をすることになる。 当然のことだが、生前の耕三の意思とは関係なかった。
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