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作品名:神様の宿る場所。 作者:三日月

第1回   1
 大学三年の夏休みである。高畠光男は、電車に乗って一人旅に出た。
 目的地は特にない。
 とりあえず、名古屋から、美濃、飛騨の山奥に向かった。
 山間を走る電車は、旅情を感じさせた。
 途中の駅で買った駅弁を食べながら、窓の外の景色を眺める。
 美濃から飛騨に入った電車は、さらに山奥深くに進んだ。
 とりあえず、あてもなく乗り込んだ電車は、やがて終点に到着した。
 そこから先に線路はない。
 どうしようかと迷った光男は、とりあえず電車を降りた。
 駅の周囲は小さな町で、駅前にはラーメン屋が一軒、あった。
 光男は、そのラーメン屋に入った。
 店の中には、店主らしき人が一人、新聞を読んでいた。
「いらっしゃい」
 と、店主は光男が店に入ったのを見て立ち上がる。
「ラーメン、一つ」
 と、注文をし、光男はテーブルに椅子に座った。
「ここは、どこですか」
 光男は、店主に聞いた。
「旅の人かい?」
「はい。あてもなく、旅をしています」
「ここは飛騨と加賀の国境近くの町で、神乃里と呼ばれている。この町には昔から、神様の宿る場所という言い伝えがあるのですよ」
「そうですか」
「町の北側の山に、上村神社という神社があります。そこに行ってみてはどうですか」
 光男は、店主から詳しい場所を聞いた。
 ラーメンを食べると勘定を払って店を出た。
 光男は、店主に教えられて上村神社を目指して、町の中を北に歩いた。
 町の周囲は、高い山で囲まれている。
 山は幾重にも重なっているが、目指す北側には、小高い丘のような場所がある。
 その丘の上に、神社はあるそうである。
 丘の麓まで歩いて来ると、赤い鳥居があった。鳥居からは丘の上に向かって坂道がのびている。
 光男は、その坂道を登った。狭くて急な坂道で、かなり歩きづらい。
 右に左にと曲がりながら、丘の上に出る。
 そこは広場になっていて、中央に大きな社があった。
 その社の前に、一人の女性が居た。
 髪の長い、若い女性だった。
 女性は、社に向かって手を合わせている。
 何か、お祈りをしているらしい。
 光男は、少し離れたところで、その女性の後姿を見つめた。
 熱心に、何をお祈りしているのだろうかと思う。
 間もなく、女性は両手を下ろし、頭を下げると、後ろを向いた。
 女性は、光男を見て驚く。
「こんにちは」
 と、光男は女性に声をかけた。
「地元の方ですか?」
「……」
 女性は、不審な目で、光男を見た。
 無理もない。
「僕は島根大学の三年生で、高畠光男といいます。夏休みに、一人旅をしていまして、偶然にここにたどり着きました。駅前のラーメン屋で聞いたのですが、ここは神様の宿る場所だそうですね。本当ですか?」
「本当かどうかは、わかりません。私は、先月、この町に嫁に来たばかりですから」
「そうですか。それは、失礼しました」
「でも、町の人たちは、信じているそうですよ。この町は、神様の宿る場所だと、色々な人から聞かされました」
「どういう根拠があるのでしょうね。なぜ、この町には神様が宿るという言い伝えがあるのでしょう」
「私の夫に聞いてみますか? 夫はこの町で生まれ育った人ですから、何か知っているかもわかりません」
「お邪魔しても、構いませんか? それは、嬉しいです」
 光男は、女性と一緒に、丘を下りる。
 女性の名前は、川島裕子と言った。
 町の中の道を、二人で並んで歩く。
「川島さんは、どこの出身ですか」
「私は、新潟の出身です」
「新潟ですか。まだ、行ったことがないです」
「良いところですよ。一度、行ってみてください」
 十分ほど歩き、一軒の家の前に到着する。大きな、古い家で、周囲の塀も、中に入るための門も、かなり立派である。
 光男は、裕子の後について、門を入った。
 庭も立派なもので、光男は、思わず目を奪われた。
「こっちよ」
 と、裕子に言われ、光男は庭を抜けて、玄関に入った。
 玄関もまた立派だった。光男は、玄関を上がり、その右側にある応接間に通される。
 裕子は、夫を呼んで来る。
 応接間に姿を現した裕子の夫は、川島和樹と言った。
 和樹は思ったよりも小柄で、笑顔で、光男の前に座った。
「こんにちは。旅の人だそうですね」
「はい。お邪魔しています」
「妻から、話は聞きました。神様が宿るというこの町のことに興味があるそうですね」
「はい。なぜ、この町は、神様が宿ると言われているのでしょうか」
「そもそもは、平安時代、都の貴人が旅の途中にこの土地に立ち寄り、神様に出会ったという言い伝えがある。その貴人は、神様と共に、天に召されたということだ」
「死んだということですか」
「それは、はっきりとしない。その貴人はその後、都に帰り、相当の地位について権力をふるったとも言われている」
「貴人の名前は?」
「源某という説と、藤原某という説があるようだ。この話は、かなり曖昧だな」
「その話が、この町に神様が宿るという根拠ですか」
「いや。時代は下って南北朝時代。南朝の武将、新田義貞が、この町で神様に会ったという話も残っている。神様は、新田義貞の戦死を予言したそうだよ」
「なるほど」
「それから、もう一つ。戦国時代、上杉謙信が、ここで神様に出会ったという話もある。しかし、間もなく、上杉謙信は死んでしまった。どうも、ここの神様は、人に死をもたらす傾向があるらしい」
「そうですか」
「そして、ここが神乃里と呼ばれるようになったのは、江戸時代に徳川幕府によって保護されてからのようだ。徳川家康は、源氏新田流を名乗ったそうだから、その縁もあるのかもしれない」
「神様というのは、どういう姿をしているのですか」
「白髪の老人という説と、光輝く童子だという説の二つある。この町では、昔から、老人と子供は大切にされているよ」
「最近の人の中では、見た人はいるのですか」
「この町に住んでいる人は、見ないようだね。しかし、十数年前に、君と同じような旅人が神様を見たという噂が立ったよ。その旅人が、それから間もなく亡くなったという噂も聞いた。やはり、神様を見た人は、死ぬ運命にあるのかな」
 神様を見たいという思いはあるが、死ぬのは嫌である。早々にこの町を立ち去るべきかと光男は思った。

 


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