響子は、明を連れて、マンションの自分の部屋に戻る。 とりあえず、明を風呂に入れることにした。明は、素直に、響子の入れた風呂に入る。 響子は、明が風呂に入っている間に、簡単な手料理を作った。 風呂から出た明は、響子の料理を黙々と食べた。 「うちの会社に来ない? 従業員なら、募集しているわよ」 「住所不定の人間など、雇ってはくれないと思うよ」 「私が、保証人になれば、大丈夫よ。これでも、会社には信用があると思うから」 「花村の世話にはならない。俺のことは、もう気にしないでくれ」 「そうは、行かない。必ず、何とかするから」 明は、料理を食べると、部屋を出て行く。 「お腹がすいたら、ここに来て。御飯くらい、いつでも食べさせてあげるから」 響子はそう言って、明を送った。 これからも、様子は見て行くつもりだった。
恋人の岸田紀夫には、明のことはしばらく黙っていた。今さら、昔の恋人を構っていると知ったら、紀夫は良い気持ちはしないだろうと思っていた。 しかし、響子は、いつまでも恋人に秘密を持っていられる性格でもなかった。その内に我慢が出来なくなり、自分から話をすることになる。 「ちょっと、話があるの」 響子は、部屋に遊びに来ていた紀夫に言った。 「何? 真剣な顔で」 「実は、私の昔の知り合いが、そこの中央公園でホームレスをしているの。それで、ちょっと、気になっていて」 「ホームレスか。それは、男? それとも女?」 「男よ。学生時代からの友達なの」 「何で、ホームレスに?」 「それが、わからないの。はっきりとしたことは、教えてくれない」 「それで、響子は、どうしたいの? その友達のこと」 「もちろん、立ち直らせてあげたいと思っているけど」 「仕事と、住む場所の世話でもしてあげるつもりなの?」 「それも、話してみたけど、余計なお世話だって、断られた」 「余計なお世話か。だったら、無理に手を出さない方がいいと思うけど」 「放っておけ、ってこと? それは、私には出来ない」 「だろうな。響子の性格からして、そう思う」 「どうすれば、いいと思う?」 響子は紀夫に相談をしてみた。紀夫なら、真面目に相談に乗ってくれるだろうと思う。 紀夫は、少し考えて、 「俺が、話をしてみようか?」 と、言った。 「もしかすると、第三者の方が、話しやすいことがあるかも」 紀夫は言う。 響子は、紀夫を、明に会わせてみることにした。
響子は、紀夫を連れて公園に行くと、明の姿を探した。 明は、自分の段ボールハウスの隣で、どこかで買ったのか、拾ったのか、一冊の文庫本を読んでいた。 響子は、明を呼ぶ。 明は、響子の声を聞くと、文庫本を置いて、立ち上がった。 「ちょっと、来て」 と、響子は、明をまた、公園北側にあるベンチに誘う。そこに、紀夫は待っていた。 「こんにちは」 と、紀夫は、明に挨拶をする。 「誰?」 と、明は響子に言った。 「私が今、付き合っている人よ。岸田くん」 「どういうつもり?」 「高島くんのことを話したら、岸田くんが、話をしてみたいというから、連れて来たの」 明と紀夫は、互いに会釈を交わした。 「ちょっと、どこかに行っていてくれないか。話をするなら、二人でしたい」 明は言う。 響子は、明の言葉を紀夫に話し、その場を離れた。 少し離れたところにある噴水の傍で、二人の話が終わるのを待つことにした。
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