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作品名:暖かさと、冷たさと。 作者:三日月

第1回   1
 その街の中央にある大きな公園の一角は、ホームレスが多く住んでいる場所だった。近隣の住民からは、衛星面、治安面から、いつも自治体や警察に苦情が上がっている場所だった。年に数度、ホームレスの立ち退きが要求されるが、何度、立ち退かせても、ホームレスはその場所に戻って来る。他に行き場所がないのだから、仕方がない。
 高島明が、そこでホームレス生活を初めてから、二か月が経った。先輩のホームレスたちが何かと面倒を見てくれて、明は、その公園の一角に、段ボールとビニールシートを集めた家を作ることが出来た。
 食糧は、週に二度、支援者と呼ばれるボランティアの人たちが炊き出しをしてくれた。その他の日は、自分で食べる物を探さなければならない。それも、先輩ホームレスたちの世話になった。ゴミを漁れば、結構、食べるものはあるものである。それと、仕事も、先輩ホームレスが与えてくれた。日雇いの肉体労働やクズ拾いをしてお金をもらう。日に数千円ほど稼げることもあり、それで、食糧を買い、空腹を紛らわせることができた。
 その日、明は運良く日雇いの仕事にありつけ、午後の五時まで仕事をした。帰り際に日当の五千円をもらう。その五千円で、スーパーで弁当と缶ビールを買った。いかにもホームレスという風体は、スーパーの中で注目されるが、明はそれにはもう慣れた。しかし、さすがにレストランに入る勇気はない。以前に一度、レストランに入ろうとして店員に入店拒否をされたことがあった。それもまた、トラウマになっているのかもしれない。
 明は弁当を持ち、公園に戻った。公園のベンチに座り弁当を食べる。子供を連れた若い母親が、明の前を遠巻きに歩いて行った。

 午後の五時を回り、花村響子は、仕事を終えて会社を出た。響子は機械部品を製造している大きな工場で、事務員として仕事をしていた。工場前のバス停からバスに乗る。バスは国道を西に走った。
 バスに乗ること十五分で、市役所前のバス停に到着する。響子は、そこでバスを降りた。
 響子の暮らしているマンションは、その市役所の裏側にあった。響子は歩いて、裏道に入る。マンションに抜けるには、そこが近道だった。
 響子はその裏道を歩いている時、一人の男が前から歩いて来るのに気がついた。響子は一度、足を止め、引き返そうかと考える。前から歩いて来るのは、間違いなく、ホームレスの男だった。一見した風体で、それを判断することが出来る。
 市役所の正面にある中央公園の一角がホームレスのたまり場になっていることは知っている。そこには普段から近づかないようにしているが、時折、この周辺の道で、ホームレスが歩いているところに出くわすことがある。響子は、ホームレスを見ると、訳のない不安と不快感を覚える。それは、一般の人として、ごく普通の感情に違いなかった。

 響子には恋人がいた。同じ工場に勤める二つ年上の岸田紀夫である。紀夫は現場で働いているので、普段、工場の中で顔を合わせることはあまりない。
 金曜日、響子と紀夫は、市役所の近くにあるレストランで待ち合わせをした。響子は午後五時で仕事を終えることが出来るが、現場はいつも午後七時まで残業をしている。
 レストランでの待ち合わせの時間は午後八時だった。響子は工場から一度、マンションに帰ると、デート用に身支度を整え、少し早めにレストランに向かった。夜だが、街は結構、明るい。
 人通りも多く、街の中はにぎやかだった。響子は足早に、人の中を歩いた。
 レストランの近くまで歩いたところで、響子は偶然、友達の北島春江に出会う。
「やあ、響子。これからデート?」
 そう言う春江も、隣には、いい男を連れていた。
「春江こそ、新しい彼氏?」
「そうなのよ。先週から、付き合っているの。また、正式に紹介するわよ。今度、一緒に遊びに行きましょう」
 春江はそう言って、男と歩いて行く。
 が、響子がレストランに入ろうとしたところ、春江が小走りに戻って来た。
「ちょっと、待って」
 と、春江は響子を呼び止める。
「どうしたの?」
「ちょっと、響子に話しておきたい事を思い出した。高島明くんの事、まだ思い出すことはあるの?」
「うん、別に」
「高島くん、今、ホームレスをしているそうよ。静香が、見たって」
 静香というのは、響子と春江の共通の友達である。
そして、高島明は、響子の元彼だった。
 紀夫は、約束の時間よりも少し遅れてレストランに来た。響子と紀夫は、予約をしていたテーブルで食事をする。
「何を考えているの」
 紀夫は、敏感に何かを察したのか、響子に言った。
「別に、何も」
 響子は誤魔化す。
「そうか」
 と、紀夫は、深くは聞かない。それが、紀夫の優しさだということはわかっていた。

 響子は、紀夫と別れ、マンションに帰ると静香に電話をしてみた。
 ここ最近、静香とは連絡を取り合っていなかった。
「久し振りね。ちょっと、聞きたい事があるの」
「高島くんの事?」
 静香は言った。響子から連絡が来るのは、予想していたようである。
「今日、春江から聞いたのよ。高島くんがホームレスをしているのを、静香が見たと聞いたって」
「そうなのよ。私も驚いた」
「高島くんは、どこに居たの?」
「中央公園よ。ベンチに座って、弁当を食べていた」
「それだけで、何でホームレスだってわかるの?」
「だって、見るからにホームレスという雰囲気だったから。あれは、間違いないと思う」
 静香は断言する。彼女の見たところ、間違いはないのだろう。
「響子にも知らせたものかどうか、迷ったのよ。だって、元彼って、微妙なところだから」
「いいわよ。ありがとう」
 翌日の土曜日、響子は朝から中央公園に出かけた。ホームレスが集まって生活をしているのは、公園の南の一角である。
 遠くから眺めることは時々あったが、その中に入るのは初めてだった。
 恐怖感もあったが、今は、そのようなことは言ってはいられない状態である。
 響子は、三人のホームレスが、広場の端に座っているのを見て、近づいた。
「あの……、ちょっと聞きますが」
 響子が言うと、ホームレスの一人が顔を向ける。
「何か用? お嬢さん」
「ここに、高島明という人がいませんか?」
「高島明? ここでは、あまり本名を名乗り合ったりしないから」
「そうですか。では、私と同じ、三十前くらいの年齢の男はいませんか?」
「それなら、何人かいるよ。最近は、こういう所にも、若い人が増えて来た」
 男は、親切にも、一人一人のところに響子を案内してくれた。そして、三人目の顔を見たところで、響子は驚く。
「高島くん……」
 響子はつぶやいた。
 そこには、すっかりとホームレスの姿に馴染んだ高島明の姿があった。

 響子は、明を連れて、場所を移した。
 中央公園の北側の広場にあるベンチに座る。
「何をしているのよ」
 響子は、明に言った。
「見ればわかると思うよ。説明をするまでもない」
「どうして、ホームレスに? いつからなの?」
「まだ、二か月を過ぎたくらいだ。でも、もうすっかり、ホームレスも板についた」
「住むところは、どうしたのよ。仕事はしていないの?」
「仕事は、時々しているよ。お金も、全くない訳ではない」
「住むところは?」
「住むところが無いから、ここに居る。聞かなくても、わかるはずだ」
「そういう事を聞いているわけじゃなくて……」
 明は、意図的に響子の聞きたいことをはぐらかしているようだった。互いに、気心の知れた間柄である。響子の聞きたい事が、明にわからないわけがない。
「これまで住んでいたところは、どうしたの?」
「引き払ったよ。家賃が払えなくて」
「銀行の仕事はどうしたの? 辞めたの? それとも、辞めさせられたの?」
「辞めた。もうあの仕事には、嫌気がさしたから」
「銀行を辞めても、仕事は他にもたくさんあるでしょう。高島くんなら、どこだって」
「もう、いい。定職に就くのは、うんざり」
 明は空を見た。夏の太陽が、輝いている。
「何があったのか知らないけど、人生をあきらめるのは、早すぎるわ」
「あきらめているわけじゃないよ。俺は、好きなように生きているだけだ」
「ホームレスをすることが、好きな生き方なの? それは、私には許せない」
「花村には、関係のないことだ」
「関係は十分にあるわよ。一度は、好きになった人なのだから」
 とにかく、響子は、明を自分の部屋に連れて行く。風呂に入らせて、御飯を食べさせるつもりだった。



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