北川の指示通り、和夫は三日後の午後三時少し前に、喫茶店に出かけた。 店に入ると一人の男が、カウンターに座っていた。北川はいつものようにカウンターの中にいる。二人は、談笑していたが、和夫が入ると話を止めた。 「来たか。彼がそうだ」 北川は、男を紹介する。 「彼が超能力の持ち主である原田くんだ」 北川に言われて、男は頭を下げる。 和夫も、挨拶代わりに頭を下げた。 「野村です。よろしく」 和夫はそう言って、原田の隣に座った。 「原田です。どうも」 原田は言う。北川は、二人にコーヒーを入れてくれた。 「さっそくですが、超能力を見せてもらえませんか」 和夫は原田に言った。 原田は、カウンターにあったスプーンを一本、手にする。 「有名な、スプーン曲げです」 原田は、手にしたスプーンを、くるりと曲げてみせる。 なるほど、超能力は本物らしい。 「他には、何か出来ますか」 「出来ますよ。例えば」 原田は、今、曲げたばかりのスプーンを、今度は、手の中で浮かべてみせる。 スプーンはふわふわと宙に浮かび、和夫の目の前で止まって、下に落ちた。 和夫は、心の中で声をかけてみる。 (あなたは、テレパシーは使えますか? もし使えるなら、心の中に答えてください) 原田は、和夫の目を見る。 (使えますよ。多少はね) 心の中に、返事が返って来た。 (このまま、言葉に出さないで話をしましょう。あなたは、念じることで人を殺せますか) (試したことはありませんが……。どういうこと?) (もしかしたら、品川靖男を殺すことができるかもしれません。品川も、他人の心の中までは予知はできないはずです) (なるほど、実際に行動に移さなければ、予知はできないというわけか) 北川が、怪訝な顔で、原田と和夫の顔を見た。 「何をしている?」 北川が言う。 (言葉には、出さないように) と、和夫は心の中で原田に言う。原田は、和夫のその言葉を北川に伝え、さらに、心の中で説明を続けたようである。 北川は納得をしたようだった。黙って、二人を見る。 (北川さんにも、了解をしてもらいました。これから、試してみようと思います) 原田は目を閉じる。そして、念を集中し始めた。 「実は、原田の能力には、未知数なところがある。原田自身も、全ての力を発揮することに恐怖を覚えているようだ」 北川は言う。 北川と和夫は、原田の様子を見つめる。 閉じた目に、握ったこぶし。息もひそめられている。原田の能力は、品川に向けられているはずである。 数分後、原田が、目を開け、顔を上げた。 「終わりました。品川靖男は、死んだはずです」 原田は、確信を持って言う。半ば予想はしていたことだったが、北川と和夫は驚いた。 「本当に、死んだのか」 北川は、原田に聞く。 「恐らく、間違いないでしょう」 原田は言った。原田は、絶対の自信を持っているらしい。 北川はすぐに誰かに連絡を取る。品川の生死の確認を、誰かに調べさせるらしい。 しかし、結論はすぐには出なかった。 品川の死が確認されたのは、それから一週間後のことである。
和夫はその情報とともに、地下組織の援助で九州を離れ、下関に戻った。 木下大尉に、品川の死を報告する。 品川が死んだという情報は、すぐに上層部に伝えられたらしい。 間もなく、山口に自衛隊の主力が集結し、攻撃態勢が整えられる。 和夫は、攻撃隊には加えられなかった。しばらく、休みをもらえるらしい。 和夫は下関に残り、関門海峡を渡る主力軍を見送った。品川を失った九州独立軍がどう反撃をするのか、興味もあった。 しかし、結果は、自衛隊は九州独立軍に完敗した。 独立軍は、まるで品川の予知をいまだに受けているかのように、見事な反撃で、自衛隊を撃退した。 「なぜだ」 と、和夫は思う。品川が死んだというのは、もしかして誤報だったのだろうか。 自衛隊はそれから半年にかけて数度の攻撃を行ったが、いずれも、撃退された。 やはり、自衛隊の行動は読まれている。 戦争は、またこう着状態に戻った。
これはまだ、極秘の事である。 品川靖男は、確かに死んだ。 あの日、あの部屋で突然、意識を失い、ソファーに座ったままで死んでいた。 品川は、一冊のノートを残していた。そこには、自分の死を予言し、さらには、戦争終結までの詳細な未来が記されてあった。 自衛隊は、九州独立軍には勝てない。 そして五年後、日本政府は九州の独立を認めることになる。 品川靖男の存在は、そのまま消されてしまった。 九州独立軍を指揮した井畑総司令官が、英雄として祭り上げられたということである。
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