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作品名:独立戦争と一人の男 作者:三日月

第2回   2
 護衛艦は九州の東岸を南下し、大隅、薩摩の半島の沖を回る。
 熊本南部の沖あいまで来たところで護衛艦は停止し、小型の漁船と接触をした。
 若林に別れを告げ、橋本と和夫はその漁船に乗り込んだ。漁船の船長は日本政府への協力者で、橋本と和夫を、熊本南部にある小さな漁港から密かに九州に上陸させた。
「幸運を」
 と、漁船の船長は言った。
「ありがとう」
 と、橋本は答える。
 橋本は、船長が用意してくれていた車に乗り、熊本の市内に向けて車を走らせた。
 九州独立政府は、熊本市に存在している。そして、九州独立軍の総司令部も、熊本にあった。
 熊本市内に入ると、橋本と和夫は、ある住宅地の一軒家に入った。そこは、空き家になっていたのを、ある人物が買い取ったものである。ある人物というのも、日本政府の協力者である。
 和夫は、九州の中に、日本政府への協力者が意外に多いことを知った。
 生活に必要なものは、家の中に全てそろっていた。そして、女性が一人、この生活に加わることになる。
「矢口一美です。よろしくお願いします」
 女性は言った。一美は、橋本と和夫の生活の面倒を見る役目である。それと、近隣住民へのカモフラージュでもあった。
 その翌日から、橋本は一人で外出をするようになった。橋本は和夫に、
「あまり、不用意に外出はするな」
 と、注意する。
 家の中に残っていると、自然、一美と話をすることになる。
「矢口さんは、なぜ、このような仕事をしているのですか」
「なぜでしょう。運命とでもいうところでしょうか」
「怖くはありませんか」
「もちろん、怖いですよ。しかし、やらなければならない仕事でもあります」
「しっかりとした意思の持ち主のようですね」
「いいえ。それほどでも」
 和夫は、一美から、九州独立政府の内情を、ある程度、知ることができた。
 九州独立政府と独立軍は、日本との戦争に絶対の自信を持っているらしい。その独立軍の総司令官の立場にいるのが、井畑竜三である。井畑司令官の作戦指揮で、九州独立軍は日本の自衛隊を圧倒していた。
 しかし、品川靖男が、九州独立軍にどういう影響を与えているのか、一美は知らないようだった。一美はあまり詳しいことは知らされていないらしい。
 一週間が経ち、二週間が経った。橋本は毎日、外出をするが、事態はどう進展しているのか、あまり話してはくれなかった。
 そして、三週間目に入ったある日から、突然、橋本が家に帰って来なくなった。橋本からの連絡が、全く途絶えてしまう状態になる。
「まさか、何かトラブルがあったのでは」
 和夫は心配になったが、橋本がいなくなった今、どこにも連絡を取る術がなかった。ここは一美に頼るしかないのだが、一美もまた、決まった日にならないと、組織と連絡は取れないという。
「地下組織があるということか」
 和夫は納得する。しかし、その組織全体がどれほどのものか、一美も知らないということだった。
 しかし、一美自身、橋本が消えてから三日後、
「買い物に行って来る」
 と言って家を出たまま、姿を消してしまった。
 和夫は一人、家に残されることになる。
 和夫は、どうしたものかと考えた。橋本が消え、一美が消えてしまったということは、自分の存在も、九州独立軍に知られてしまったという可能性も大きい。
 このまま、この家に留まっていてもいいのだろうか。もしかすると、九州独立軍の兵士が自分を捕えに来るかもしれないと思う。
 和夫は、橋本や一美が家に残したお金を持って家を出た。行くあてはないが、とりあえず歩く。しかし、しばらく歩いたところで、後ろから来た車が、和夫の隣に来てスピードを落とした。
 和夫は、思わず、脇に避けて立ち止まる。すると、車もそこで止まった。
 和夫は不審に思ったが、逃げることができなかった。車の後部座席のドアが開く。
 そこから、スーツを着た一人の男が降りて来た。男は、和夫を見る。
「野村和夫さんですね」
 男は言った。
「いいえ、違います」
 和夫は嘘をつく。
 しかし、男は、動じる様子はなく、和夫の肩をつかんだ。
「品川さまのところにお連れします。車にお乗りください」
 男は、半ば強引に、和夫を車に乗せた。
 車の中には、男の他に運転手が一人、居るだけである。
 車は走り出す。
「品川というのは、品川靖男のことですか」
 和夫は聞いてみる。
「そうです。あなたの幼馴染です」
 男は答える。
「あなたは、何者ですか。品川とは、どういう関係なのです」
「それは、後でわかります。しばらく、我慢をしていてください」
 車は市街地に入った。
熊本市の中心部のようで、しばらく行くと正面に熊本城が見えた。
 城を右手に見ながら進み、ある白い建物の前で、車は止まった。
 男は、和夫に、車を降りるように促す。
「ここは、どこですか」
 和夫は車を降りると、男に聞いた。
「すぐにわかります。一緒に来てください」
 男は、白い建物に中に入る。和夫も、後に続いた。
 廊下を歩き、エレベーターに乗った。
 男は、最上階である五階のボタンを押す。エレベーターの天井の隅には、監視カメラが付いていた。
 五階でエレベーターを降りると、また廊下を歩き、一つの部屋のドアを男がノックした。
「野村和夫を連れて来ました」
 男が言う。
「入ってくれ」
 と、中から声がして、男はドアを開ける。
 男と和夫は部屋の中に入った。部屋の中は、普通の住居である。生活感があり、そこで誰かが生活をしているのがわかった。右側にベッドがあり、左側に机があった。その机の手前にある椅子に、一人の男が座っていた。
「品川か」
 和夫は言った。かなり身長が高いが、昔の面影が顔に残っている。
「やはり、来たか。思った通りだ」
 品川は、椅子から立ち上がる。
「まあ、座れよ」
 品川は、和夫を中央のソファーに座るように言った。
 和夫はソファーに座る。一緒に来た男は、一礼をして部屋を出た。
「俺を殺しに来たのか」
 品川は言う。
「なぜ、知っている。いや、そもそも、なぜ俺が熊本にいることがわかった?」
 和夫は聞いた。
「俺には、未来が見える。信じられないと思うけど」
「未来が見えるって、どういうこと?」
「先のことが、わかるということだ。今日、野村がここに来ることもわかっていた」
「なぜだ。なぜ、未来が見える?」
「わからないが、高校生の頃、突然、未来が見えるようになった。それは、これまで一度も外れたことがない」
「もしかして、この戦争も見通していたということか」
「日本の自衛隊は、九州独立軍には勝てない。俺がいる限り」
「そういうことか。俺に品川を捕虜にするか、殺害しろという命令が出たのは」
 和夫は、納得した。しかし、それは、不可能というものである。
「橋本さんと、矢口さんが消えたのも、品川の仕業か?」
 和夫は聞く。
「その通り。彼らは今、ある場所に隔離してある。これまで、俺を目当てに暗殺者が何人か送り込まれて来たが、全て、身柄を確保した。俺を殺そうというのは、無理な話だ」
 それは事実だろう。現に、橋本と一美は、何かをする前に消えている。
 和夫は、自分の立場を考えた。そもそも、品川を殺そうとか、捕虜にしようという意識がそれほどあったわけではない。自衛隊に入ったのも、愛国心からではなく、単に他に職がなかったというだけの話である。九州が独立しようが、しまいが、和夫にはそれほど関心がない。
「俺の未来は、どうなるか、わかるか?」
 和夫は聞いてみる。自分の進むべき道を、もし未来が見えるのなら、それに委ねてみるのもいいかと思う。しかし、品川は答えなかった。
「野村の未来はすでに決まっている。しかし、それは、俺には答えることができない」
「なぜだ?」
「それが、決まった未来だからだ。俺は、何も話さない。それが未来だ」
「じゃあ、俺はどうすればいい? お前を殺すのか。それとも、このまま帰るのか」
「それは、野村の意思に任せる。もちろん、野村がどういう判断をしようが、それは決まった未来だが」
 和夫は、何もせずに、部屋をでることにした。自分には、品川は殺せない。それだけのことである。



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