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作品名:真剣勝負 作者:三日月

最終回   1
 備中松山は、山間の町である。その山と山との間には高梁川が流れていた。
 松山藩の城は、臥牛山の山頂にある松山城だった。藩主は板倉氏で、江戸幕府の中でも重要な地位を占める、譜代大名である。
 浪人、片岡半次郎は、松山の町に入った。松山には、江戸の道場で一緒に剣術を学んだ川中弥五郎がいる。
 弥五郎は、江戸での仕官活動が実り、松山藩に二年前から出仕していた。昨年からは、江戸を離れ、参勤交代で松山の方に移っていた。
 半次郎は、弥五郎の家を探した。半日をかけて町の中を歩き回り、ようやく、武家屋敷の立ち並ぶ場所から少し離れた小さな家に、弥五郎の姿を見つけた。
「やあ。ようやく見つけた」
「片岡じゃないか。どうして、ここに」
「うん。ちょっと、山中の顔が見たくなって」
「それだけで、わざわざ江戸から出て来たのか。他にも何か、訳があるのだろう」
「まあ、いいじゃないか。しばらく、厄介になるよ」
 半次郎は、家の中にあがる。刀を置くと、畳の上に座った。
 その日は、夜、遅くまで話をした。川中の藩での出仕ぶりは、なかなか様になっているようだった。

 正確に言えば、弥五郎は、板倉氏に仕えているわけではない。弥五郎は板倉氏の松山藩で家老を務める柳田但馬に仕える、いわば陪臣だった。
 柳田但馬は、まだ二十五歳と若い。剣術に熱心で、江戸にいた時には、新陰流の道場に通っていた。道場では、一、二を争う、剣の腕前だったらしい。
 弥五郎は、剣術好きの柳田の噂を聞き、個人的に接近を計った。剣術ならば、弥五郎も自信があった。
 弥五郎は直訴して、柳田の前で剣術を披露した。一刀流の奥義を、柳田の前で見せる。
 弥五郎の剣さばきに、柳田は感心した。
 柳田は弥五郎を家来の一人に加えることにした。弥五郎の実力ならば、不思議ではない結果だった。
 柳田但馬は、弥五郎の他に、二人の剣客を抱えていた。
一人は念流の遣い手、内藤寛太郎。もう一人は、中条流の遣い手、樋口貞次郎だった。
弥五郎と、内藤寛太郎、樋口貞次郎の実力は、拮抗していた。
 敢えて順序をつけるなら、内藤、弥五郎、樋口の順である。しかし、その実力は紙一重だった。

 半次郎が弥五郎の家に世話になってから三日目。柳田但馬の屋敷から帰って来た弥五郎が半次郎に言った。
「但馬どのに、半次郎のことを話したら、一度、会ってみたいとおっしゃられた。明日、屋敷に行ってみないか」
「俺に、何をしろと言うのだ」
「それはもちろん、剣術を見せて欲しいということだろう。江戸から、剣術遣いが来たと聞けば、但馬どのは、目のないお方だ」
「俺も川中も、同じ一刀流だ。型を見せても、同じだろう」
「それは違う。江戸の道場にいた時代には、俺も、片岡には、一目、置いていたから」
 江戸の道場での順位でいえば、確かに、半次郎は弥五郎よりも一枚上だった。しかし、それもまた、紙一重の話である。
 半次郎は弥五郎に誘われるまま、翌日、柳田但馬の屋敷に出かけた。さすがに家老の家だけあって、城下でも目立つ、大きな屋敷だった。
 門を入ると、庭があり、その右側に剣術の道場があった。
 道場からは、気合いの入った掛声が聞こえる。
 半次郎は、弥五郎について、その道場に入った。
 二人の男が、木刀を持ち、剣術の稽古をしている。
「手前が内藤さんで、奥が樋口さんだ。どちらも、剣の腕前は相当なものだ」
「それは、見ればわかる」
「紹介しよう。こっちに来い」
 弥五郎は、二人に半次郎を紹介する。
 二人は、稽古の手を休めた。
「片岡どのは、川中どのと同じ道場で一刀流を学んだとか」
 内藤は言う。
「弥五郎どのと比べると、どちらの力が上かな」
 樋口は言った。
「私は、川中の足元にも及びません」
 半次郎は言った。
「一度、お手合わせを願えませんか」
 樋口は、道場の壁にあった竹刀を二本、手にした。その内、一本を、半次郎の方に差し出す。
「お望みとあれば」
 半次郎は、その竹刀を手にして、軽く振った。
 半次郎は、樋口と立ち合う。
 三本、勝負をし、二本を樋口が取り、一本を半次郎が取った。
「素晴らしい腕前ですね。中条流を見せてもらったのは、初めてです」
 半次郎はそう言って、竹刀を下ろす。
「いいえ。あなたこそなかなか。さすがは、一刀流の免許皆伝です」
 樋口も竹刀を下ろす。
 次に半次郎は内藤と勝負をしたが、結果は、樋口の時と同じだった。
「内藤さんから一本を取るとは、さすがだな」
 弥五郎が言う。樋口も、称賛のかわりに、軽く手を叩いた。
 柳田但馬が城から戻って来るまで、四人で談笑をする。
 四人は剣術談義に花を咲かせた。

 柳田但馬が城から戻って来たのは、昼を過ぎてからだった。弥五郎たちは、道場を出て柳田但馬を出迎える。
 但馬が、籠から降りた。かなり若い男だと半次郎は思う。
 但馬が、弥五郎の後にいる半次郎を見た。
「その男は、誰だ」
 但馬が言った。
「私の江戸にいた頃の道場仲間で、片岡半次郎と言います」
 弥五郎が言い、半次郎は頭を下げた。
「川中の道場仲間というと、同じ一刀流か。弥五郎と比べて、どちらの実力が上だ?」
「同じくらいです。どちらが強いかは、わかりませんが」
 但馬は一度、屋敷に入る。半次郎たちはまた、道場に戻った。
 半刻ほどして、但馬が道場に姿を現す。
 但馬は、道場着を身につけている。そして、壁にあった木刀を手にした。
「もう、手合わせは終わったのか」
 但馬は言う。
「はい。私と樋口は、片岡どのと手合わせを致しました。三本勝負で、二人とも、一本、取られました」
 内藤が言う。
「川中とは、手合わせはしていないのか」
 但馬は言う。
「はい。それは、まだ」
 弥五郎は言った。
「丁度いい。一刀流同士の手合わせを、見せてくれないか」
 但馬の言葉に、弥五郎が、一瞬、怯んだ。
 しかし、ここで引くわけには行かないことはわかっている。
「お望みとあれば」
 弥五郎は言った。
 弥五郎は、竹刀を取る。
 半次郎も竹刀を取った。
 三本勝負をし、二本を弥五郎が取り、一本を半次郎が取った。
弥五郎は、内心、安堵する。
 しかし、但馬は、その勝負の裏を見抜いた。
「片岡、お前、手を抜いているな」
「は? どういうことでしょう」
「真剣なら、お前は死んでいるぞ」
 但馬は木刀を置き、真剣を取る。新陰流の遣い手というだけあり、隙はないし、迫力がある。
 半次郎も、真剣を取った。
「ならば、お手合わせを願えますか?」
 半次郎の言葉に、但馬は刀を構えた。
 弥五郎たちは、止める間もなく、息を飲んだ。
「お前、人を斬ったことがあるな」
 但馬は言う。
 半次郎は頷いた。
 二人は刀の剣先を合わせる。その瞬間、半次郎の刀が、但馬の喉を捉えた。
 但馬は、刀を落とす。
「参った。その腕前、本物だな」
 但馬は言い、半次郎は刀を下ろす。但馬の首からは、わずかな血が滲んでいた。
「失礼を致しました」
 半次郎は一礼をして刀を納めた。

 半次郎はそれから三日の間、但馬の屋敷で歓待を受けた。
「私に仕えないか」
 と、但馬は半次郎を誘ったが、半次郎は断った。
 四日後、半次郎は町を出ることにした。
 弥五郎に別れを告げ、半次郎は北へと道をあるいた。



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