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作品名:浪人片岡半次郎 作者:三日月

最終回   1
 浪人片岡半次郎は、旅をしていた。播磨から備前に入り、岡山の城を眺める。
 岡山は池田氏の領地だった。城の天守閣は黒い外観をしている。豊臣五大老の一人、宇喜多秀家の建築したものだった。
 城下を遠巻きに歩き、備中に入った。高梁川に沿って北に歩き、松山に向かう。
 途中、清音の村で、野宿をすることにした。日はまだ高いが、腹も減った。
 半次郎は、一軒の農家を訪れる。かなり大きな屋敷で、この辺りでは、豪農といわれる部類に入るのだろう。
「申し訳ないが、何か、食べるものを譲って頂きたい」
 半次郎は、軒先にいた老人に声をかけた。
「見たところ、旅の人のようだが、どこに行く?」
 老人は言う。
「とりあえず、松山に行こうと思い、ここを通りかかりました」
「松山か。私も一度、訪れたことがあるが、いいところだ」
「そうですか」
「まあ、座りなさい」
 老人は、半次郎に縁側に腰をかけるように勧めた。半次郎は腰の刀を外し、老人のいる縁側に腰をかけた。
「あなたは、侍のようだが、剣の腕前は、どうなのかな」
「江戸で一刀流を学びました。一応、免許皆伝です」
「それは、素晴らしい。では、実際に、人を斬ったことは?」
「それは、話せませんが、ないわけではありません」
 老人は、家の奥に声をかける。すると、一人の若い女性が出て来た。
「この侍に、飯を食わせてやってくれ」
「はい。わかりました」
 女性は、また家の奥に戻って行く。この家の、下女か何かだろうと半次郎は思う。
「飯を食わせてやってもいいが、一つ、頼みがある。それを承知してくれるのなら、飯も食わせるし、寝るところも与えよう」
 老人は言う。
「誰か、人を斬れということですか」
「よく、わかったな」
「侍に頼みごとと言えば、そのくらいのものです」
「この村を縄張りにしているヤクザの親分、島崎を斬ってもらいたい。もし、できれば、相当のお礼もしよう」
「そのヤクザが、何かをしたのですか」
「先代の親分は、私たち農民にも目をかけてくれるいい人だったのだが、今の親分は、村に害を与えるだけだ。何とかしたいと、思っている」
「斬れと言われるのなら、斬りましょう。お安いことです」
「ところが、そうではありません。島崎には、腕のたつ用心棒がいます」
「どのような男ですか」
「若い男ですが、流れ者でしょう。元は、あなたと同じ、侍のようです」
「わかりました。斬りましょう。案内をしてください」
 半次郎は、刀を手に立ち上がった。
 老人は、隣の家に住む青年を、案内役として、半次郎につけた。
 半次郎は青年と、薄い暗がりの中を歩く。
「あの老人は、どういうお方ですか」
 半次郎は、青年に聞いた。
「以前はこの村で力をふるった町役人の方ですよ。今はもう、隠居されて、悠々自適の毎日を送っていますが」
「今でも、この村のことを考えているというわけですか」
「そうですね。村の将来を憂えているようです」
 島崎の家は、村を少し外れたところにあった。立派な門構えをしている。門の前には、子分らしき男が数人、見えた。
「私はここで、帰ってもいいでしょうか」
 青年は言った。
「いいですよ。ここからは、私、一人で」
 半次郎が言うと、青年は帰って行く。
 半次郎は、門の前の男たちに近づく。
「島崎の親分に会いたい」
 半次郎は、男たちに言った。
「親分に、何の用だ」
 男のうち、一人は言う。
「斬る。それだけだ」
 半次郎は、刀を抜く。
 男たちは、驚いて、屋敷の中に走り込んだ。
 そして、一人の痩せた男が、入れ替わりに門から出て来た。腰には、長い刀がある。
「用心棒か」
「お前は、誰だ。なぜ、親分を斬ると言う?」
「訳はない。ただ、斬るのが好きなだけだ」
「そうか。ならば、私と同じだ」
 男は、不敵に笑った。そして、腰の刀を抜く。
 互いに刀を構えた。
 男は中段、半次郎は下段に構える。
 二人は、じりじりと距離を詰めた。
 勝負は一瞬だった。
 半次郎の刀が、男の刀を跳ね上げた。同時に、半次郎の刀が、男の右腕を斬り落す。
 男は、刀を手から落とした。斬られた右腕が、その傍らに落ちる。
 男は血の流れる右腕の傷口を左手でおさえ、地面に膝をついた。
「なかなかの腕前だな。名前は何と言う」
 男は、冷静に言った。
「片岡半次郎だ」
 半次郎は、刀を鞘に納める。
「十分に、剣で身を立てることができるだろう。なぜ、このようなところに居る」
「それは、言う必要はないだろう」
 半次郎は門から、屋敷の中に入った。
 子分たち数人が、刀を持って半次郎に立ち向かったが、所詮、相手ではない。
 半次郎は、一刀の元、子分たちを斬り倒し、島崎の親分を探した。
 が、親分はすでに逃走をした後のようで、屋敷の中にはいなかった。
 半次郎はすでに抵抗する意思を失った子分たちを尻目に、屋敷を出る。
 そして、暗がりの中、老人のいる家に戻った。
「島崎の親分を斬ってもらえましたか」
 老人は言った。
「いや、親分は逃げてしまった。屋敷の中にはいなかった」
「それでは、困ります。親分はきっと、復讐に来るでしょう」
「それは、私には関係のないことだ。私はこれで、失礼する」
 半次郎は、老人に背を向けて、家を後にした。
 暗闇の中に、半次郎は姿を消した。

 元町役人の老人の名前は、多田野彦太郎といった。
 彦太郎は、島崎の親分の復讐に怯えていたが、結局、島崎の親分からの復讐はないまま、心労で、一月後に亡くなった。
 彦太郎は、隣の村を縄張りにしていた樫山一家とつながりがあったらしいとの噂が、間もなく、村の中に流れる。
 樫山一家は、彦太郎の死の直前、この村まで縄張りを広げていた。
 利権を通じて、何か彦太郎と樫山一家の間につながりがあったのかどうかは、今となっては闇の中だった。
 ちなみに多田野の家は彦太郎の死後、次第に落ちぶれていったということである。


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