紅一点の水島は、毎日、女子トイレの仕事に精を出しているようだった。水島も、今の仕事を、それほど苦にしていないようだった。 水島は、どことなくおっとりとした性格で、何事にも鈍感な感じに見えた。いつもニコニコと笑顔で、愛想のいい感じである。 一見すると、馬鹿に見えるかもしれない。それで、相当、誤解も受けているのだろうと思う。 水島は、昼休みは、課の部屋で弁当を食べていた。毎朝、自分で作る、手造りの弁当らしい。 昇は、いつもよりも早めに昼食を切り上げて、社員食堂から課の部屋に戻った。部屋の中には、島田課長と古畑先輩と水島が、談笑をしている。 昇は、部屋の窓際にある椅子に座った。水島は、昇の前の机の椅子に座っている。談笑の途切れた隙に、昇は水島に声をかけた。 「水島さん、ちょっと、いい?」 水島は椅子に座ったままで、後を向く。 「何?」 「水島さんは、今の仕事が楽しいですか」 「楽しいですよ。お掃除は、好きですから」 「以前は、総務に居たと聞きましたけど、そこでの仕事と比べて、どうですか」 「以前は、仕事も職場も嫌いでしたけど、今は好きです。ここにいる人たちは、いい人ばかりですから」 水島は、今の仕事にも職場にも、純粋に満足をしているようだった。その感性にはよくわからないところもあるが、それは、個人の自由である。 「中山くんは、ここでの仕事に疑問でもあるのかな。皆に、そのようなことを聞いて回っているようだけど」 古畑が言う。 「別に、疑問があるわけではありませんが、仕事って、何なのかなと思いまして。他の人はどう考えているのだろうとか」 「あまり、深く、考えないことが一番だよ。何か熱中できることがあれば、ベストだろうと思うけど」 「古畑さんが、絵を描くように、ですか」 「そうだね。結局、仕事は、人生の全てではない。職業で人間を判断するのは社会の風潮だから、それは仕方がないとしても、第一は自分。そういうことだよ」 古畑は、窓際に来ると、昇の肩を叩いた。 古畑の言うことは、わかる気もする。しかし、それは、難しいことかもしれない。
営業の同期である立花は、今は課長をしていた。昔から営業成績は一番で、出世は順当なところだった。 ある日、草むしりをしている昇の脇を、偶然、立花が通りかかった。 「中山じゃないか。そこで、何をしている?」 「仕事だよ」 「仕事って、草むしりか」 「そうだよ。これが、今の僕の仕事だ」 「営業に、戻してやろうか。俺が、人事にかけあってやる」 「別に、いいよ。僕は、今の仕事が気に入っているから」 「そうか。それなら、無理にとは言わないが」 「仕事は、どうだ? 営業は、やっぱり、忙しいか」 「そうだな。毎日、家に帰るのは夜の十一時過ぎだよ」 「あまり、頑張り過ぎるなよ。体が第一だ」 「そうも、いかないよ。責任ある立場だから」 また今度、一緒に飲もうと立花は言って、立ち去った。 相変わらず、忙しいようだった。
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