昼休みには、社員食堂で昼食を食べる。何を食べても外で食べるよりも安いのだが、外に食べに行く人も結構、多い。 井川先輩も、昇と同じく、毎日、社員食堂で昼食を食べていた。井川は、食堂の隅に座って、新聞を読みながら定食を食べている。昇は、その隣に座る。 「井川さんは、この課に来て、どのくらいですか」 昇は聞いてみる。 「さあ、そろそろ七年かな」 「今の仕事に、満足ですか」 「面白いことを聞くな。とりあえず、満足だよ」 「井川さんは、奥さんは、お弁当を作ってくれないのですか」 「僕には、奥さんはいない。十年前に病気で死んだ」 「そうだったのですか。すみません」 「中山くんは、結婚は」 「僕は、結婚はまだです」 「そうなのか。もういい歳だろう」 「はあ。ですけど、僕は、女性にはもてませんので」 「それは、寂しいよな。やっぱり、恋人くらいは欲しいだろう」 「ですね。結婚をしている人が、うらやましいです」 井川から直接、聞きたいことは聞けなかったが、かわりに、古畑先輩に話を聞く。 古畑は、井川のことにも詳しいようだった。古畑は、井川の二年先輩になる。以前は、営業で一緒に仕事をしたこともあるらしい。 「井川は、奥さんを亡くしてから、仕事に対して意欲をなくしてしまったようだ」 草むしりをしながら、古畑は言う。 「今の仕事も、それほど欲はなく、適当に流しているだけじゃないのかな。井川にとって、もう、人生にそれほどのこだわりはないようだ。奥さんが、彼にとっての全てだったのだろう。今も、彼は、奥さんとの思い出の中に生きているのかな」 古畑は言う。 いわば、井川先輩は、世捨て人に近い感じらしいと、昇は解釈をした。 今の仕事は、井川先輩にとって、それほど大きなものではないのだろう。
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