中山昇は、東京にある有名私立大学を卒業した後、地元の岡山に帰り、ある製鉄会社に就職をしていた。地元では割と大きな会社で、昇は三十過ぎまで、営業の社員として仕事をしていた。しかし、三十三歳の時、リストラ対象の社員となり、一時、子会社に出向となってしまった。そこでは二年間、事務の仕事をしていたが、机に座っての仕事は、自分にはどうも向かないものだと昇は自覚していた。 「草むしりでもいいから、本社に戻して欲しい」 と、昇は本社の人事に直訴した。するとそれから二か月後、昇は本社に移動との辞令を受けた。昇は心底、喜んだが移動先は、営業ではなく、社外管理課という聞きなれない部署だった。 昇は、本社に出社をして、社外管理課の部屋を探す。しかし、社外管理課の部屋は、社屋の中にはなかった。ようやく探し出したのは、社屋の外の、空地の隅のプレハブだった。プレハブの入口の脇に、社外管理課と書かれた札がかかっていた。 プレハブの中には、三人の男性と、一人の女性がいた。 「今日からこの社外管理課にお世話になります、中山昇です」 昇は四人に挨拶をした。 「課長の島田だ。後は、古畑に井川。そして、紅一点の水島くん」 年配の男性が皆を紹介してくれる。 「よろしくお願いします」 と、昇は彼らに挨拶をした。 「ところで、この課の仕事は、何でしょう」 昇は、島田課長に聞く。 「主な仕事は、社屋外の景観の管理だ。簡単に言えば、お掃除係というところだ」 「お掃除係ですか。そういうものは、清掃会社に委託をしているのではないのですか」 「以前は、そうしていたようだけど、今は、僕たち、社員がやっている。その方が、会社としては、安上がりということだろう」 その日、昇はさっそく、社屋周辺の草むしりにかり出された。まさか、本当に草むしりをしなければならないとは思わなかったが、自分が申し出たことなので仕方がない。 会社の敷地は結構、広く、草むしりだけでも何日かかるかわからなかった。恐らくは、抜いた後から、草はまた生えて来る。延々と、草むしりは続くのかもしれないと思う。それはそれで、仕方のないことだろう。 仕事は午後の五時になると、きっちりと終わる。残業というものは、この課にはないらしい。島田課長は、昇を歓迎会に誘ってくれた。他の三人も、当然、一緒である。 場所は、会社から歩いてすぐの居酒屋だった。以前、営業にいた時にも、何度か利用したことがあった。 「今日は、僕がおごるから、何でも食べてくれ」 島田課長は言った。昇を始め、他の三人は、遠慮なく、次々と食べ物を頼んだ。 話をしていると、意外なことに島田、古畑、井川、三人の先輩は同じ営業課の在籍者だった。三人とも営業成績の低迷の結果、リストラの対象となり、退職を拒否した結果、この屋外管理課に配属されたということだった。ちなみに、水島は、総務課にいたそうである。水島の場合は、周囲に溶け込めず、上司や同僚に嫌われて、リストラの対象になったらしい。話をしていると、水島は、かなりおっとりとした性格のようである。会社の中で、周囲から疎まれるのも、仕方がないかと昇は思う。 「これまで、この課に来た人は大勢いたけど、ほとんど皆、すぐに辞めて行ったよ。やっぱり、毎日、屋外の清掃の仕事では、やり甲斐がないみたいだ」 島田課長は言う。 「中山くんも、辞めたくなったら、遠慮なく言ってくれ。引きとめはしない」 課長は続けた。 「先輩たちは、なぜ、その仕事を続けているのですか」 昇は逆に聞いてみる。 「僕たちは会社員として、与えられて仕事を淡々とこなすだけだ。他の三人も、同じ気持ちだと思うよ」 課長は言った。 「でも、僕たちは、いわば、会社にとっては邪魔な人間でしょう。会社に残って、仕事をする意味がどこにあるのかと思いますが」 「そう思う人間は、辞めて行けばいい。だから、引きとめはしないと言った」 昇はあまり深いことを考えていたわけではない。とりあえず、配属されたこの屋外管理課で、仕事をしてみるつもりだった。
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