それから、昭雄は、自分の心を見つめるようになった。自分は他人とは違うのだろうか。 しかし、少なくとも、美和子とは同じ心を持っているらしい。そして、あの篠原賢治という大学生とも。 電車の中で、昭雄は美和子に聞いた。 「里中さんは、初めから気がついていたの?」 「気がついていたわよ。渡辺くんは、私と同じだって」 「それで、僕と一緒に居てくれたというわけか」 「そうだけど、それだけじゃない。やっぱり、一緒にいると、心地いいのよ。渡辺くんも、感じるでしょう?」 「それは、感じるよ。だから僕は、君のことが好きだと思った」 「私も初めは、篠原さんのことが好きになったのかと思った。でも、それは違う」 「違うのか」 「違うのよ。でも、何かがあるのよ。私たちの心の中には」 美和子は、何か確信を持っているようだった。 自分たちの存在は、一体、何なのか。その意味を確かめたいと思った。
もう一人、同じ心を持つ人は、川上洋子という人物である。いつか、都合のいい時に紹介をしてくれるということだったが、それは、二週間後に訪れた。 日曜日、昭雄は、美和子と一緒に、また電車で出かける。途中で、賢治とも合流した。 野田の駅から二つ目の駅で三人は電車を降りた。賢治と美和子は並んで歩き、昭雄はその後に続いた。 「今日は、洋子さんは暇なのね」 美和子は言った。 「そうみたい。部屋に来てくれって」 賢治は言う。 たどり着いた場所は、二階建てのアパートだった。一階の一番端にある部屋の前で立ち止まる。賢治がドアをノックした。 「こんにちは。篠原です」 中からドアが開く。 髪の長い、きれいな女性が顔を出した。彼女が川上洋子らしい。 「いらっしゃい。どうぞ」 洋子は三人を中に入れる。畳の部屋が並んでいて、三人は奥に入って行った。 「君が渡辺くんね。初めまして、川上です」 「渡辺です。こんにちは」 「やっぱり、感じるわね。篠原くんの言う通り」 昭雄も同じく、川上洋子に他の二人と同質なものを感じていた。やはり、彼女も同じだった。 「どうしたの。ちょっと見ない間に、痩せたようだね」 賢治が言う。 「そうなのよ。最近、ちょっと神経を遣うことが多くて」 洋子は言った。 「それは、やはり、僕たちの心の事で?」 「それもあるかな。ちょっと、過敏になりすぎているのかも」 洋子は座布団を出す。昭雄たちは、その上に座った。 「川上さんは、僕たちの中でも、特に敏感なようだから、気をつけないとね」 賢治は言った。 「そうなのよ。渡辺くんは、どう?」 洋子は、昭雄に話を向ける。 「僕はまだ、よくわからないものですから」 昭雄は言った。 「私が感じる分には、まだ大丈夫のようね。でも注意しないと」 洋子は言う。何を注意するべきなのか、昭雄にはよくわからなかった。 「あなたたちと居ると、心が癒されるわね。殺伐とした世間には、もう出たくないという感じ」 洋子は言った。 「何かあるのなら、相談をしてくれよ。出来ることなら、手助けをするよ」 賢治は言った。 「そうね。ありがとう」 洋子は礼を言う。そして、話を続けた。 「実は、半月ほど前から、嫌な男につきまとわれているの。いわゆる、ストーカーってやつかな」 「川上さんは、美人だから、仕方がないといえば、仕方がないと思うけど」 賢治は言う。 「私も、普通の感覚だったら良かったのかもしれないけど、感じてしまうのよね。相手の心の中を」 「どのような感じ?」 「凄く、嫌な感じ。私は超能力者というわけではないから、はっきりとはわからないけど、ぼんやりと感じるの。とても不快な感じ」 「それは、相手に話したの?」 「話せないわよ。理解をしてくれるわけがない」 「でも、嫌いだということは、話したのでしょう?」 「もちろん。でも、あきらめてくれない」 「何かあれば、僕に言って。力になるよ」 「ありがとう」 賢治は、洋子に好意を持っているのだろうかと思う。自分が美和子に好意を持っているのと同じかもしれない。 昭雄は、洋子にも好感を持った。同じ心を持っていれば、好感を持つのは自然な感情なのだろう。 帰り道に、電車の中で、美和子が昭雄に言った。 「もし、私が危険な目に合ったら、渡辺くんは私のことを助けてくれるの?」 「もちろん。僕に出来ることなら」 それは、約束できることである。昭雄は、美和子のことが好きだった。
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