土曜日に待ち合わせたのは、午前十時五分の電車である。美和子のいる駅には、午前十時二十三分に到着する。窓の外を見ていると、ホームに立つ美和子の姿が見えた。 美和子が、電車の中に入って来る。私服姿を初めて見たが、やはりかわいらしい。 美和子は昭雄を見つけ、隣に座る。今日の電車は、乗客が少ない。 「今日は、どこに行くの」 昭雄は言った。 「野田の駅で、降りるわよ。会わせたい人が、そこにいるの」 野田駅は、ここから五つ目である。 野田駅は、無人駅だった。電車を降りたのは、昭雄と美和子の二人だけだった。 「少し歩くけど、いい?」 「いいよ。どこまで歩くの」 「あそこの、マンションまで」 前方に、赤いマンションが見えた。それほど、遠くはないようだった。 マンションに到着すると、階段を登る。三階まで来ると、一つの部屋の前で美和子は足を止める。 「こんにちは。里中です」 美和子はインターホンから声をかける。 「ちょっと、待って」 と、男の声がして、中からドアが開いた。 二十歳前後の若い男が出て来る。 「君が、渡辺くんか。どうぞ、入って」 男が言った。 昭雄は男の目を見た瞬間、何かを胸に感じた。それは、美和子に感じるものと同質のものだったが、全く違うものでもあった。 何だ? と、昭雄は思う。まさか、その男に恋愛感情を持ったわけでもあるまい。 「さあ、入って」 美和子はそう言って、部屋の中に入る。昭雄も、美和子に続いて、部屋に入った。 「あの人は、新谷大学の三年生で、篠原賢治さん。以前、私の家庭教師をしてもらっていたの」 「それで、なぜ、僕に」 「感じるでしょう? あの人の傍にいると」 「何を」 「胸の鼓動。高鳴りといった方がいいかな」 「君も、感じるのか」 「感じるわよ。篠原さんにも、そして、渡辺くんにも」 美和子も、同じ胸の鼓動を感じていたようである。これは、恋愛感情ではない。 部屋の中は、男の一人暮らしの割にはきれいだった。部屋は二つ。昭雄たち三人は、右側の部屋に入る。左側の部屋は寝室らしい。 テーブルを挟んで、床の上に座る。テーブルの上には、お菓子の入ったお皿が置かれていた。 「里中さんの言った通りだ。渡辺くん、君にも感じるな」 賢治は言う。 「これで、四人ですね」 美和子は言った。 「四人?」 昭雄は言う。 「もう一人、私たちと同じ人がいるの。今日は、都合が悪くて、来られないようだけど」 美和子は言った。 「僕より一つ年上の女の人で、川上洋子という人だよ。渡辺くんには、また紹介するよ」 賢治は言う。 昭雄は、賢治と美和子から話を聞いた。 「僕たちの心は、共鳴しているらしい」 と賢治は言う。 「詳しいことはわからないが、何か、共通なものが、僕たちの心の中にある。それが、それぞれの心に、何かを感じさせるのだろう」 賢治も美和子も、自分たちの心の中に何があるのか、正確なところはわかっていないようである。しかし、自分たちが普通の人とは何かが違うということを彼らは理解している。昭雄も、それを半信半疑ながら、受け入れなければならないようだった。
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