自宅から高校までは、電車で一時間もかかった。市内には公立高校もあったのだが、それほど成績の良くなかった渡辺昭雄は、隣の市にある私立高校に進学をしたのだった。 朝の電車には、高校生や会社に向かう社会人がたくさん乗っていた。昭雄は、毎日、少し早めに家を出る。そうしなければ、電車で席に座れなかった。 昭雄はいつも、二両目の一番端の席に座る。そこからだと、トイレが近かった。 電車通学を始めて半年。同じ学校に通う、仲の良い友達も出来た。 隣の中学出身の北島和夫で、毎日、同じ座席に座る。 「今日は、帰りは、何時になる?」 和夫は昭雄に聞いた。 「いつも通りだけど。どうしたの」 「ちょっと、駅で待ち合わせをしないか。どっちが早くなるかわからないけど」 「それは、構わないけど。どうかしたのか」 「ちょっと、好きな女の子に、声をかけてみようかと思って。渡辺も居てくれた方が、心強い」 高校の授業は、午後の四時に終わる。昭雄も和夫も、部活動には入っていない。学校から駅までは、歩いて五分である。 昭雄は、駅のホームで、和夫が来るのを待った。他にも、帰宅をする高校生たちが、ホームに大勢いる。その駅には、昭雄が通う高校の生徒だけではなく、もう一つ、私立の女子高の生徒たちの姿があった。女子高は、駅を挟んで、昭雄たちの高校とは反対側にある。 和夫がホームに歩いて来た。電車が来て、帰宅をする生徒たちはそれに乗り込む。 「乗らないのか」 昭雄は言った。 「彼女が来るのは、もう一本、後だと思う。それまで、待とう」 和夫はそう言うと、空いたベンチに座った。 次の電車が来るまでは、約三十分である。のんびりと話をしていると、また、ぽろりぽろりと、高校生たちが、ホームに入って来る。 二十分が経った頃、和夫が、ふいに立ち上がった。 「彼女が来た」 和夫の声を聞き、昭雄も、和夫の視線の方を見る。 美人の女子高生と、昭雄は目が合った。その瞬間、思考は止まり、胸の微弱な高鳴りを感じた。 何だ? 昭雄は思った。初めて体に感じた感覚である。 しかし、それはすぐに収まった。昭雄は、和夫の後ろで、立ち上がった。 和夫は女子高生に近づいて行く。 「僕は新城高校一年の北島和夫と言います。よかったら、僕と付き合ってもらえませんか」 和夫は、彼女の前に立ち、そう言った。 彼女は、きょとんとした目で、和夫を見る。 「突然、そう言われても困りますが」 彼女は言った。 「そうですよね。困りますよね。どうしましょうか」 和夫も困ったように言った。 昭雄が、和夫の横に立つ。 「あの……、お名前を教えてもらえませんか」 昭雄が言った。 「里中美和子です」 「僕は、渡辺昭雄です。よかったら、友達になってください」 昭雄が言うと、美和子が笑った。 昭雄の胸には、微弱な何かが流れている。 一目惚れとは、こういうことだろうかと昭雄は思った。
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