夏目博は、半年前から、探偵事務所に勤めていた。四十歳で会社をリストラされ、知り合いのツテで、その探偵事務所に拾ってもらったということである。博は、探偵としてその事務所に就職をしたというわけではなく、博の仕事は、単なる事務の仕事だった。 博は事務所に所属する探偵たちのスケジュールの管理をしている。どの探偵がどの現場に行っているのか。どの探偵が、どの仕事に関わっているのか。博はパソコンに向かい、探偵たちのスケジュールを組み立てた。終わった仕事はファイルで管理し、探偵の名前ごとに棚の中にしまってある。 事務所に所属する探偵は全部で五人だった。仕事は結構、忙しく、五人の探偵はいつも外に出ている。客の応対をするのは、同じ事務員の田原広美という若い女性である。広美はこの事務所に来る前は保険会社の外交員をしていたということで、客への応対は手慣れたものだった。 「夏目さん。ちょっと」 広美が博を呼ぶ。 「三日後に、都合のつきそうな調査員さんはいるかな」 「三日後ですか。ちょっと、待ってください」 博は、パソコンを操作し、それぞれの探偵のスケジュールを眺める。 「飯田さんの仕事が、明日には終わるはずです。今日は、お客さんのところに、最終報告に行っているようですから」 「それなら、飯田さんのスケジュールを開けておいてくれるかな。三日後に、事務所に相談に来たいという依頼者がいるのよ」 「わかりました。後で飯田さんに連絡をしておきます」 博は事務所の探偵の一人である飯田隆司の携帯電話にメールを入れておくことにした。仕事が終わり次第、事務所に帰って来てくださいとメールを打つ。 飯田が事務所に戻って来たのは、午後の四時過ぎだった。首尾は上々だったようで、飯田の機嫌はいい。 「大下さん。ちょっと」 飯田は、経理の大下恵美を呼んだ。 「これ、今日の報酬」 飯田は、恵美に現金の入った封筒を渡した。今日の依頼者は、現金の手渡しで、報酬をくれたらしい。 「夏目さん、携帯にメールが入っていましたけど」 「詳しくは、田原さんに聞いてください」 事務所の中を見回したが、広美の姿はどこにもない。トイレにでも行ったのかと思い、博は席を立った。 博は飯田にコーヒーを入れる。飯田は、事務所に住みに仕切られている応接室のソファーに座っていた。新聞をテーブルの上に広げて読んでいる。博は、その横に入れたてのコーヒーを置いた。 「ありがとう」 飯田は、博に礼を言う。 「三日後の水曜日。新しい依頼者が来るようですよ」 「またか。せっかく、一区切りをつけたところなのに」 「商売繁盛はいいことですよ。また、一息ついて、頑張ってください」 広美がトイレから出て来たのか、事務所の中に戻って来る。博は応接室から顔を出して広美を呼んだ。 「田原さん。飯田さんが、帰って来ました」 「そう。ありがとう」 広美が、応接室に入って来る。博は、席を外した。広美と飯田の二人で、これから打ち合わせが始まる。博は自分の机に戻り、自分の仕事を続けた。
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